004:baby
ヘタリア 日+普





日本がドイツ邸のリビングで一息ついていると、扉の方から快活な声が飛んだ。
「あれ、日本?久しぶりだな!元気してたか?」
「ええ、お陰様で。そちらもお元気そうで」
「隠居生活が暇すぎて死にそうな以外は絶好調だ」
ワインレッドの瞳を細めてケセセセと笑った男――プロイセンは家の主の不在にすぐさま気づいて眉を顰めた。
「大事な友達を一人でこんな素っ気無い部屋に残して、馬鹿弟は何やってんだ」
「今日はイタリア君と三人でお出かけするつもりだったんですけど、約束の時間から1時間経っても来なかったので叩き起こしにいきました」
「あの子は電話鳴ったくらいじゃ起きねえからなぁ…。あ、紅茶冷めてんじゃねえか。淹れ直してやるよ」
お構いなく、という日本の声もろくに聞かずプロイセンはすぐにティーポットと茶菓子を二人分揃えて、日本の隣に座った。
「行動が迅速なのはあいつの良いとこだけど、客のもてなしも出来ないような奴にお兄ちゃんは育てた覚えはありませんっての」
ぶつぶつと唇を尖らせる彼を見て、この人は『国』でなくなっても変わらないんだなぁ、なんてことを思い日本は声を潜めて笑った。


日本とプロイセンの初めての出会いもドイツ邸であった。
200年ほど引き篭もってた極東の島国が新しい時代に向けて憲法を学びたいと、ユーラシア大陸をほとんど丸々越えてきたというだけで、日本がプロイセンの記憶に残るには充分であったし、また日本からしても、開国してから出会った外国人の顔は皆同じにように見えていた中でプロイセンの銀髪赤眼という派手な特徴は忘れ難かった。
簡単な挨拶をしてから、本題に入り憲法の授業のようなものを行ったのだが、プロイセンが人に教えることに慣れていることに日本は些か驚いた。
一通り話が終わってから日本がそのことに触れると、プロイセンは仕事用の真面目な顔を思いっきり崩して一から教育してやったという弟自慢を始めた。
なんでも、かっこよくて強くて運動神経も良くて、寡黙で賢そうで(そのへんが俺とそっくりだな!と饒舌な彼が付け加えたので日本は曖昧に返事をした)、感情表現が苦手なのにそこがまた可愛くて云々。
彼が語る話から想像される『ヴェスト』の人物像は成長期の子供のように聞こえたのに、日もとっぷり暮れた頃に来たがっちりした体躯の長身の青年をその名前で呼んだのには、表情に出ないようにしながらも少なからず驚いたものであった。


そしてほとんど変わらぬ容姿と口調で(もちろんそれに関してはお互い様なのだが)、現在日本の隣で紅茶を啜りながら文句のような兄バカを披露していた。
「昔は俺が帰ってきたときには門まで出迎えに来てくれて、そりゃあもう天使かと思うくらい可愛かったのに!いつからあんなに無口で無愛想な子になっちゃんたんだか…、いやそれはちっさい頃からか。でも兄に思いやり対する思いやりが欠けてるぜ、まったく!なんで頭撫でてるだけなのに手を払い除けられなくちゃならないんだ」
ぶつぶつぶちぶち。
同じような愚痴を、そのときは本人から直接聞いた事があると日本は思った。

『ほんの千年前は我の肩にも届かないほど小さかったあるのに!日本に文字や文化を出来の教えて賢く育てたのは誰だと思ってるあるか!血が繋がってようと繋がってなかろうとお前は我の弟も同然ある。もっと年上に敬意を払い愛情を持って接するよろし』
そのときは、「私も大人になって充分経ったんです」と少しだけ遺憾の意を示しただけに終わった。しかし、日本にとっての「充分」は四千年生きた彼にとって「ほんの」以下の存在であったらしく、さっぱり理解してもらえなかったようだった。

(地球で一番大きな大陸の東の端と遙かな西側に分かれていても、兄というものは同じできっと弟というのも同じなのでしょうね)
くすくす、と潜めきれない声で笑うとプロイセンが怪訝な顔をした。
「俺、なんかおかしなこと言ったか?」
「いえいえ、ちょっと思い出し笑いを。プロイセンさんが、私の兄のような人とほとんど同じことを仰るものですから」
「へぇ、日本にもこんな口利く奴居たんだなぁ」
「私も結構なおじいさんですが、その方はおじいさんを通り越して仙人みたいなひとなんです」
「仙人、というとエルフみたいなものか?」
「当たらずと言えども遠からず、ですね」
「ふぅん」
「その例えで言えば、彼もプロイセンさんも『エルフが大人の人間を赤ん坊扱いしてる』ように聞こえるんです。年の差なんてどうしようもないから、人間のほうは困ってしまうでしょう?」
「まぁ…そうだな」
「エルフに追いつこうとして人間が一生懸命一人前になったのに、そんな扱いじゃ可哀想じゃないですか」
「……」
「それに、プロイセンさんとドイツさんの仲は私が知る兄弟の仲でも一番と言っていいほど良好なのですから、わざわざドイツさんを子供扱いしなくても愛情は充分伝わると思いますよ」
「『以心伝心』ってやつか。あれは東洋の神秘の中で屈指の不思議物件だぜ」
「できますよ。兄弟なんですから」
「そういうもんか」
「そういうもんです」

丁度そのころヴェーヴェーと騒がしい声と怒鳴り声が外から響き、日本を呼んだ。
「待たせたな、日本。予定は遅れたがイタリアも引っ張ってきたし出かけよう」
「ヴェー…日本、誕生日なのに寝坊しちゃってごめんね!大きなケーキ俺が奢るから許してー!」

「呼ばれてるみたいですね。締めが私なんかの説教じみたお話ですいませんでした」
「いや、興味深い話だったぜ。愚痴まで聞いてもらってありがとうな」
「ではそろそろお暇しますね。機会があったらまたゆっくりお話しましょう」
「今度は酒でも飲みながら、はどうだ?」
「ふふ、いいですね。じゃあまたそのときに」

東の国の弟は会釈をし、西の国の兄は軽く手を振って応えた。


「ドイツさんは良いお兄さんをお持ちですね」
「いつまでも俺を子供扱いするような奴だがな」
「それもまた愛情の表現なんですよ」
「愛情っていいなぁ!俺の兄ちゃんなんか全っ然お仕事しないのにいきなり文句つけてくるんだよー」
「こらイタリア、今日は日本が主役なんだから日本に喋らせてやれ」


冬の柔らかい陽だまりの下、三人の『弟』の足音が石畳に響いて遠ざかる。






「baby:赤ん坊」
日本お誕生日に日記で先行うpしたものの改定再録。
なのに何故プーが出張る。