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ヘタリア 芬典





心的にも距離的にもごく近いところにいるこの人を、友人や家族以上の感情で好きになってしまったのはいつからなんだろう。
何度も考えた、しかし未だに答えの出ていない問いを僕はまた繰り返していた。

デンマークさんの家から逃げた晩、スーさんは僕に優しく――今思えば彼なりの優しさだった――接してくれて、でもその時は怖くて怖くて逃げ出したかった。
スーさんがエストニアに僕のことを『女房』と紹介した時も、ただただびっくりしていた。
でも、スーさんが僕を虐めたり襲い掛かるようなことは決してなかった。多少意外な言動や顔が怖い瞬間もあったけど、慣れれば無口だけど素直な彼の心を感じるのは思ったよりも簡単だった。
そうやって一緒に暮らしてきて、今一緒にサウナ風呂に入ったりするような仲になった。
そこまで考えてから隣にいるスーさんに目を移す、
最初はあんなに怖かったのに、なんでだろう。
眼鏡を外すとスカンジナビアを睨みっぱなしになる蒼い瞳も、直線的な体躯も、氷のように揺らがない精悍な表情も、その下にある万年雪をも溶かしそうな温かな心も、銀糸のような髪の一本一本すらこんなにも愛しい。

「フィン、なじょした」
あんまりじっと見つめてるものだから、スーさんが首をかしげて訊いてきた。
「な、なんでもないですよ。そろそろ出ませんか」
貴方に見惚れていました、なんてとても言えなくってゆるりと話題を変えたけど、不自然に思われてないだろうか。スーさんは無表情で、ん、とだけ応えて先にサウナを出た。
扉が閉まったのを確認してから、僕はちょっとでも思考を振り払おうと自分の頬を両手でぺちぺち叩いた。
「スーさんは親愛以上の感情で僕を見てないんだ!だからどんなに好きになっても無駄!」
温かいお湯に浸かったような現在の関係を壊したくないだけ、なんだけど。この大切な関係を守るために僕は僕に歯止めをかけなきゃいけない。
よし、頭も切り替わったしサウナを出よう。
心を落ち着けるために深呼吸して、脱衣場へ一歩足を踏み入れた瞬間、
――大きく吸った息がそこで止まってしまった。

スーさんが着替えている。うん、普通だ。
スーさんが薄着だ。うん、着替えている途中なんだから当たり前。
だけど、ズボンがゆるく引っかかっているような穿き方をされていて、シャツのボタンも肌蹴て、そこから覗く彼の白い肌がサウナで火照って赤く染まり、それらが相まって僕の目にはちょっと刺激が強すぎるくらいに壮絶な色気を醸し出していた。

数秒固まってやっと呼吸の仕方を思い出した瞬間、僕は首から音がするくらい勢いよく顔を背けた。そしてそのまま目を逸らしたまま早足で服の塊に向かい着替える。怪訝な視線が背中に突き刺さってるのを感じるけど、出来る限り気にしないことにした。
さっきまで裸見てたのになんで今この場で照れるんだろ、って自分でも思うけどどうしようもなく顔が熱くなる。せっかく気合い入れて気持ちを切り替えたのに、我ながら動揺しすぎなんじゃないか。

決して目を合わせないまま着替え終わって、そっとスーさんの方を伺い見ると当然彼も着替え終わってて、でも怪訝そうな眼差しはこちらに向けられたままだった。
僕はそっと胸を撫で下ろしたけど、同時に心の隅で残念に思ってる自分がいた。矛盾してるのは分かってるけど、感情って理屈じゃどうしようもないから。そのどうしようもない部分で小さく溜息をつく。
するとスーさんが僕に近寄ってきた。見下ろすアイスブルーの瞳はとても綺麗だけど、ただただ冷ややかな色をしていて感情が全く読めない。
やっぱり言動がおかしかったんだな幸せな日常がこんなところで崩壊するなんてああなんで僕はこんなにも不器用なんだろう、なんてぐるぐるして他には何も考えられない。
何を言われるかわからないのが怖くって硬く目を瞑ると、包むような温かい感触がした。
そろそろと目を開けると、スーさんが僕にハグしていてさらに子供をあやすみたいに頭をぽんぽんと撫でてくれていた。そしてスーさんの低い声が、振動と一緒に伝わる。
「フィンが何悩んどるか分がらんけっぢょも、俺に出来るこどなら何でもすっがら」

ああもう本当にこのひとはなんでこんなにも引っ掻き回してくれるんだろう!いや、勝手に僕が引っ掻き回されてるだけなんだけど!
なんでもしてくれるって言うなら、「僕のお嫁さんになってください」って言ったらなってくれるのかな?なってくれたらきっとスーさんのことをもっと素直に見つめていられる気がするんだけど。ああでもそれがスーさんの出来ることの範疇外で、スーさんに(優しい彼のことだからきっと沈痛な面持ちで)「すまねぇない」なんて言われた日には、雪が降ってようと地面が凍ってようと僕は力ずくで深い深い穴を掘ってその奥底で埋まってしまいたくなるに違いない。

そういうぐるぐるしたものに頭を支配されながら、僕は一つ小さく頷いたあと多大な勇気をもってしてスーさんの背中に腕を回し、しばらく密着したままでいるという選択をした。






「close:閉じた・接近した」この場合は後者。
フィンがひたすらぐるぐる動揺しまくっててなかなか行動に移せないような芬典が理想です。不完全燃焼ですが。
それにしてもスーさんの口調はハードルは高い。東北弁萌えるんだけどなぁ。