013:crazy
ヘタリア 普独





我が国の、我が軍の、要するに俺の軍服は、他国からかっこいいと評価されるものらしい。
俺はファッションセンスの機微には長けていないし、デザインが変わるとはいえ何十年という単位で普段着ている言わば仕事着だからそれを実感することはあまりない。ただ、新兵が感動した面持ちで真新しい軍服に袖を通している様子や、プライベートでは口数の多い兵卒が軍服に身を包んだ瞬間顔が切り替わる様子を見ると、それは決して悪いことではないのだろうと思う。チームユニフォームのかっこよさというのは、そのチームに所属する人々のモチベーションを少なからず上げるし、憧れて志願する人数を、ひいてはチーム全体の人口を維持するのにも役立つのだ。
しかし、極々個人的なある状況に於いて「軍服のかっこよさ」というものが邪魔に思うことがある。
つまり、兄が俺をマネキン代わりに軍服を片っ端から着せて見つめるときだ。


「もういいだろう、兄さん」
「まだ見させろって。あとちょっとだからさ」
「『あとちょっと』を1時間と17分前にも聞いたぞ」
「そうだっけか」
「この部屋の時計が狂ってるのでなければ、間違いなくそうだ」
デザイン変更に伴い新しい軍服が歩兵用から将校用まで陸海空一式揃って届いたのが4時間半前。それにプロイセンが気付いたのがその5分後。それから直ぐに、ちょうど仕事を終わらせた俺を呼びつけてずっとファッションモデルのごとく服をとっかえひっかえ着せて何が楽しいのか解らないがニヤニヤと楽しそうに見つめていること4時間強。

この兄は元々こういうものが好きなのか、馬に乗って剣を振り回していた頃の服まで丁寧にクローゼットに保管している。博物館に売れば保存状態もいいし高値で売れそうだが、時々思い出したように引っ張り出して着ているので売るつもりは欠片もないのだろう。
だからこそこういう真似をするのは軍服が好きであるが故だと思っていたのだが、「兄さんが自分で着て姿見で眺めてればいいだろう」と言えば「ヴェストが着てるのを見たいんだよ」と返された。全くもって意味が解らない。
理解できないものは恐ろしい。理解できない狂気にも似た視線に灼かれる身にもなってほしいと思う。


「じゃあこれで最後な」
そういってプロイセンは紺の軍用コートを差し出した。
やっと最後かと俺はため息をついて別室で着替えて、今日だけでもう何十回目になるかわからないドアをくぐり、プロイセンの前に出た。
兄は満足げに眼を細める。
「さすが俺のヴェストだ。よく似合ってる」
この言葉ももう何十回も聞いた。しかし次に呟かれたのは今日初めての言葉だった。
「…剥きてえ」
「……は?」
「剥きてえ。乱してえ。一発ヤらせろ」
「何故そうなる!」
本当にどこにスイッチがあるのか解らない。まだ日も沈まない時間だというのに!
戸惑う俺の思考を他所に、プロイセンは焦りさえ見える歩調で至近距離まで近づき俺の襟首を掴んだ。
「一番イケてるって思ったのを最後にしたらキたんだよ。な、いいだろ」
そう言う兄の瞳は、執着を帯びた狂気に満ち、緋くぎらぎらと濡れていた。

ああ、まただ。

俺はこの眼に弱いらしい。この眼に求められればこれまでの時間の浪費にも理不尽なこれからのことも許してしまう。
そう思えるほどには俺もまた狂っていた。






「crazy:狂う」
今更ながらご本家軍服ファッションショー(&エイプリルフール)ネタ。
なんでうちのプーはこんなに切羽詰ってるんだろう。