014:cross
P3・真荒真





荒垣が『ラーメンはがくれ』ではがくれ丼をかっ込んでいるところに、後ろから聞きなれた声が飛んだ。
「よ、シンジ」
「…アキか。お前もいい加減しつこいな。俺は戻らねえって言ってるだろ」
「いや、今日はその話じゃない。いや、それも話そうとは思ってたんだけどな」
常よりも上機嫌そうな真田の様子に、荒垣は少しばかり警戒を解く。何故取り巻きの女子から「クールでかっこいい」と評されるのかは知る由もないが、荒垣からすれば真田は些細な嘘もろくにつけないくらいに感情を顔に出す男であった。
「何か良いことでもあったのか」
荒垣が訊けば、真田は注文したラーメンが出てくる予定であるカウンターに小さな荷物を置く。それは彼が常に持ち歩いているグローブバッグだ。
「シンジにコレを見せたくて」
口を開いたバッグから出てきたのは、予想を斜め上に飛び越えるファンシーな物体であった。しかしそれは『グローブ』であることに違いは無いようで、真田はそれをボクシングのそれと同じようにはめて軽くファイティングポーズのような体勢をとってみせた。
「今のリーダーが昨日持ってきてくれたんだ。どうだ?」
ポーズに似合わぬにこにことした顔で訊くが、荒垣はそれを答える術を持たない。なにせそのグローブは、ジャックフロストとジャックランタンの姿を模していて、つまりはゲーセンのクレーンゲームの景品になりうるような形をしていたからだ。それらのつぶらな瞳に見つめられて邪険に扱えるほど冷徹な精神の持ち主ではないし、むしろ荒垣はそういった可愛いものに弱い性質であった。
「そんなパペットみたいなモンが戦いに使えるとは思えねえな」
口ではあしらいつつも、目が離せないでいる。
「いや、威力バツグンってことは無いが悩殺効果があるのは強いぞ。それに――」
直後、ぱすん、とごくごく弱い力でジャックフロストの顔がシンジの頬に当てあられる。
「これでシンジが『魅了』されてくれれば俺のところに戻ってきてくれるかも、なんてな」
そんなことしなくてもとっくに、と口を突きかけ、すんでのところで思いとどまった。それは14年の付き合いの中で一度も伝えたことの無い感情であったし、何より人目のあるこの店で言うべき言葉ではなかったからだ。
悩殺属性に惑わされたか、と荒垣が思考を振り払うように頭を振ると、真田がキョトンと見返した。
「…どうした?シンジ」
「いや、なんでもねえ。なぁアキ、そんな女子供が喜びそうなモン使ってると取り巻きがもっと増えるぞ」
それは確信に裏づけされた真実が半分、もう半分は私欲に近い嘘だ。可愛いものを手元に置くことを恥ずかしがらない真田をあまり公にしたくないという子供じみた独占欲。
荒垣のそんな葛藤を知ってか知らずか真田は渋々グローブを外し始め、片方取ったところで動きを止めた。
「シンジ、こっち向け」
「なんだよ」
ちゅ、と口で擬音を発しながら荒垣の顔に押し当てられたのは、先ほどと同じジャックフロストの顔。今度はぬいぐるみと対面した形だ。
「奪っちゃったー」
「……古ィ」
「解ってるさ。でもやってみたくなるもんだろ?」
「さぁな。――話はそれだけなら俺は帰るぜ」
「あ?ああ、じゃあまたな」
「おう」



荒垣が店を出る音を聞いてから、真田はひとつ溜息をついた。
「やっぱり対シャドウ用武器じゃ駄目だったな。まぁ、期待してはいなかったが」
戦いのときのように『魅了』までいかなくてもいい、少しでも荒垣の心をこちら側に靡かせることができたら、というのが本音だ。だが、長い間共に過ごしたが故に、今更胸に燻るこの気持ちをどう伝えたらいいのか分からない、というのも正直なところだ。岸にまで伸ばせない手は浮かぶ藁をも掴みたくなるのが溺れるものの心情だった。
「次はうまくやってくれよ」
祈るように呟いて、真田は荒垣の痕跡をなぞるように人形にキスを落とした。






「cross:横切る・行き違いになる」
ガキさんは絶対可愛いもの好きだと思う。当コンテンツはガチムチ強面な乙男を全力で推奨しております。
真荒のつもりだったのに真田が乙女になりすぎて真荒って言いきれなくなった…。