016:distance
ヘタリア 伊独+日
※イタリアが若干ダークです





日本はドイツの家に泊まりこみで親睦の意味も込めた「訓練合宿」に来ていた。
「なのに何故私はこんな場所にいるんでしょうか」
時は真夜中。日本はドイツの寝室の真上、天井裏にいた。
小声で自問してはいるが、それは誰かに強制されたことではなく自己の判断でやっていることであった。

事の起こりは1週間前。
「おはよードイツー ハグとキスー」
朝一番にイタリアがドイツに抱きついた。
「はいはい」
ドイツが当たり前のようにそれに応える。
日本はその見慣れない光景にやや驚きながらも、それは欧州の文化なのだと納得してそのやりとりを見ていた。
「日本もハグー」
イタリアから一方的とも言える挨拶をされ、若干動揺したころに話題がこちらに振られた。
「ドイツ、日本にはハグしないのー?」
日本もドイツもスキンシップは多い方ではない。
「わ、私は結構ですからっ」
「日本にはこういう習慣がないからして…っ」
それゆえに二人はうろたえるしかなかった。
「お泊り合宿は『親睦』のためもあるんでしょ?だったらちゃんと挨拶しないと!」
その言葉にどちらも言い返せず、欧州風の挨拶を交わすことになった。
「では…いくぞ」
「はいっ」
挨拶というにはやや堅苦しいやりとりがあった後、太い腕にゆるやかに抱きしめられて両頬に1回ずつ唇が落とされた。
「あーっ!キスはだめー!!」
イタリアに遮られても日本の身には慣れないものではあったが心地よい腕の暖かさが残った。

その暖かさが忘れられず、でも正面きって抱きつくこともできず、寝室に忍び込もうとして気づかれお茶を濁しつつ撤退する事5度。
(私もかつて忍びの道を究めた身、今日こそは侵入してみせます!)
事前準備として一番立て付けが緩んでいた板の隙間から体を滑らせて、すぐ下の床に音もなく着地した。
そしてベッドに向かって忍び足で、一歩、二歩、三歩…
「む、誰だっ」
6回目の失敗を告げる声が響いた。
「なんだ日本か。今日も眠れないのか?」
「ええ…まあ、そんなところです。安眠妨害してしまったようですいません」
いい加減狙いに気づいてもいい頃なのだが、このゲルマン人は侵入者を察するのには軍人然として敏感なくせに好意には途轍もなく鈍感なのだ。
そして彼の防護壁であり結界でもある壁を易々と潜り抜ける唯一の人物が目を覚ました。
「あれー、日本じゃん!どうしたの?」
「日本が眠れないんだと。そうだイタリア、日本に茶を淹れてやれ。お前のは気持ちが落ち着くし美味いからな」
「わかったー」

キッチンにて。
「ねえ日本。もしかして俺のポジション狙ってる?」
いつもよりトーンの低いイタリアの声。
「な、何のことでしょうか」
できるだけ動揺を抑えて日本は返答を搾り出した。
「違うんならいいんだけどさ…」
イタリアは紅茶をカップに注ぎながら日本をキリリと睨む。
「もし俺の邪魔をするつもりなら容赦しないよ――もう少しで落とせそうなんだからさ」
気迫に圧され日本は目を逸らし、直後に我が目を疑いながらイタリアの方に視線を向けたが、すでに先ほどの剣呑な空気は消え、イタリアはいつものへらっとした笑顔でカップを差し出した。
(両目の開いたイタリア君なんて初めてみましたよ…)

翌日はいつも通りに過ぎ去っていった。
昨夜の警告すらもなかったかのように。
つまり、いつものように食事をし、いつものように上手く着替えが出来ないイタリアをドイツが手伝い、いつものように訓練をし、いつものようにイタリアがハグやキスをねだり、いつものようにドイツは「しょうがないな」といいながら若干嬉しそうにそれに応え、いつものようにドイツの寝床にイタリアが気づかれずに潜入する日常。

「『もう少しで』なんて言ってましたが、あの難攻不落の城はとっくの昔に陥落しちゃってるんじゃないですかねぇ」






「distance:距離・間隔」
ドイツはその生い立ち故に常に周囲を警戒することに慣れきってて、でもイタリアだけがそれを打ち破ってご本家の「イタリア観察日記」みたいなあの心臓に悪い凶行に及べるのだと信じてます。