018:duty
バサラ 政小
※東方Projectとのダブルパロ注意(知らなくても理解できるように書いてあるつもりですが)





「あれ小十郎、お前いつの間に背ェ伸びなくなった?」
気まぐれに厨に立った此の館の主は、唐突にひどく間抜けな質問をした。爺になるまですくすく伸びるモンだと思ってたんだが、と続けて言う彼は人間という生き物のことを本当に知らない。
「十年も昔でございます。吸血鬼の生を謳歌するのも良ろしいですが、人間の生態も少しは知ろうとなさいませ、政宗様」
主の大きな勘違いにわずかな顔色も変えず、館に住まう唯一の人間はひとつの簡潔な答えとひとつの厄介な小言を述べた。
「人間育てたのなんかお前が初めてだし、それだけで十分だ。人間に関する一般論なんて興味無えよ」
「政宗様がそんな様子だと小十郎が困るのです」
「じゃあ、それは苦痛なのか?」
「いえ」
再び簡潔に述べられた答えに政宗はgoodと呟き、俺のために大いに困れと隻眼を嬉しげに細めた。



小十郎が政宗に拾われたのは15年以上前だ。生きてきた時間の半分以上を此処で過ごしているな、と今更のように思い出す。
時を止めるという特異な能力を持って生まれ、里の皆に知られてしまったがために呪われた山の奥深くに追い遣られた孤独な子供。それが嘗ての小十郎だった。
どうせ直ぐに消える命なら里の誰も見たことの無い山の深くまで見てから死のうと歩き続けた末に飢えと疲労で倒れ、気がついたら里の誰も見たことの無いような派手で豪奢な寝台の上に居た。
「おう、気がついたか」
襖の奥から現れたのは、右目を疱瘡で爛れさせた歳若い男だった。
「此処は…?」
「知ってて来たんじゃねえのか。此処は俺の屋敷の客間だ。客なんかくるのは何十年…いや、何百年ぶりかってくらい久しぶりだから手入れ出来てねえけどな」
その物言いに小十郎は目を見張る。呪われた山に棲まう時の概念がずれた男――、
「貴方はもしや、山の鬼…?」
青い羽織を纏った男はニィと笑うと八重歯のように尖った犬歯が覗いて、人間にしか見えぬ姿の中でそこだけ異質だった。
「ご明察。俺はこの山を統べる吸血鬼・伊達政宗だ。俺としては鬼と呼ばれるより竜と呼ばれる方が好きだけどな」
「貴方が…。政宗様、一度は捨てたと思った命、救っていただき有難うございます。この身既に居場所を奪われ行く宛てものうございます。もしよろしければこの小十郎を如何様にもお使いくださいませ」
不遜とは思いながらも弱りきった体はまともに動かず、小十郎は寝台の上で出来る限り深々と頭を垂れた。その様子に政宗はぱちくりと隻眼を瞬かせる。
「アンタ、俺が恐ろしくねえのか。俺が人を喰らい血を啜る吸血鬼であるとか、あとこの不細工な眼とか」
政宗は疱瘡の痕を親指でつつくように指し示した。
「貴方が人を喰らうような鬼であるならば、今頃俺は眠っている間にひとつの肉片もなく喰われている筈。それに『呪われた山』の鬼が貴方のような美しいひとであったことに驚きこそすれ、恐れなど微塵もありませぬ。ならば竜よりも鬼よりも、蝗の群れの方が俺には恐ろしい」
「い、蝗…?」
「はい、蝗です。あれは人が汗水たらして育てた田畑を唐突に食い潰し飲み水すら駄目にして辺りを飢餓に追い込む恐ろしい虫です。もしこの山に棲まうと云われた物の怪が巨大な蝗の一族であったならば、国を丸ごと滅ぼしかねない恐怖に震えぬ者は居ません」
「蝗、ねぇ……くっくっくっ…はははははは!いいねぇ、アンタ面白い奴だな!望みどおり此処に置いてやる。特別に『極上の運命』もserviceしてやるよ」
小十郎はごくごく真面目に話したのであったし『さぁびす』たる言葉の意味も分からなかったが、事態がこの上なく良い方向に向かったのだけは理解して、再び頭を深く垂れた。
その後、飯持ってきてやると言って去った政宗が持ってきたのが、病み上がりの人間の体が消化できるはずも無い兎の丸焼きだったのには驚いたのだが。



ふわ、と濃く漂う食欲をそそる匂いが小十郎の意識を今に引き戻した。
「どうした小十郎、考え事か」
政宗が小十郎を怪訝に見上げる。
このひとはあのときから少しも老いた様子が無い、眼差しの角度だけが変わっただけだと己の変化のみをそこにみとめて、小十郎はふっと笑んだ。
「いや、貴方と初めて会ったときのことを思い出していたんです」
すると政宗は少しばかりばつの悪そうに頭を掻いた。偶然にも丁度出来上がったのは兎肉の香草焼き。趣は違えど似たような一品であった。
「あんときゃ悪かったよ。人間が腹ン中までそんなに脆いもんだって知らなかったんだからよ」
「政宗様が詫びねばならぬことではございません。あの出会いがあったからこそ小十郎は今此処に居るのですから」
「ふぅん……お前は変わったよなぁ。あんときゃ俺よりもちっこくてふにふにしてたのに、今じゃでっけー牛蒡みてえになっちまって」
「政宗様の平穏を護るために鍛えたのですから当然のことです」
里の人間は一歩たりとて入ろうとしないこの山も、「鬼を倒してみせる」と嘯く勇者気取りの人間や馬鹿な盗賊は踏み荒らす。それを始末し、場合によっては政宗の食糧として狩るのも小十郎の仕事のひとつであった。
「ま、俺は今の牛蒡みたいな小十郎が好きだから好きだからいいんだけどな。でもお前も吸血鬼だったらいいのにって思うぜ。URYYYY!ってなってる小十郎もcoolだと思うぜ」
「……またあのスキマ妖怪から妙な書物でも借りましたか」
「松永が愛でたいものがウチにあって俺が知りたいものがあっちにあるんだ。give&takeだろ?」
「『ぎぶあんどていく』なるものは存じ上げませんが、あの妖怪と深く関わるのはやめていただきたく思います。アレからは嫌な気配がいたします」
「わかったわかった。――なぁ、石仮面探す旅に出ねえ?俺はお前を吸血鬼にはできねえけど、もしなれたらずっとずっと時に縛られないで暮らせるだろ」
「俺にくださるという『極上の運命』がそれに沿うのでしたら、政宗様の意のままに」
「あー……そうじゃねえからこの現状があるんだよなぁ。今のは俺の我侭だ。忘れてくれ」
「御意」


能力を使って、世界で一人だけ取り残されるように老いるのもいいと思っていた。ただ子供がそれを行動に移すには、先に残された時間は長すぎた。
大人になった今、こうやって共に在る時間を慈しんでくれるひとがいる。笑顔を向けてくれるひとがいる。それが何よりも嬉しくて、故に先に残された時間はあまりにも短い。
だから小十郎は能力を封じる。一分一秒でも長く主に仕え主の傍に在り主と共に生きるために。






「duty:職務・尊敬・服従」
運命を操る吸血鬼=政宗様、時を操る従者(メイド≒執事)=こじゅ という東方とのダブルパロでした。ついでにスキマ妖怪ゆかりんりんを松永に。蒐集癖ありそうなとこが。世界観は戦国に準拠したつもり…。
できればこの設定で続き書きたいなぁ。