020:eye
バサラ 政小





半分欠けた視界は、あらゆるものを容易く闇に隠す。慣れたこととはいえ疎ましいと思うのは仕方の無いことである。
例えばそれは敵の姿であるし、例えばそれは美しい景色であるし、例えばそれは――

「政宗様」

――誰よりも愛しいひとの姿であるからだ。
視界の外から呼ばう声に心の裡で一つ舌打ちをして政宗は足を止めた。
他の誰よりも警戒しなくても良い気配は、それ故に時として政宗にとって空気と同じほどの存在感の無さを持つ。小十郎が足音を消すことをほとんど癖としていることでそれをいや増していた。
集中や緊張を解いたとき、気がつくと死角―つまりは政宗の右後方―に小十郎が無言で控えているということがしばしばある。好いた人が傍に居れば、できるだけ近くに寄り添いたいと思うしできるだけ話しかけたいと思うしできるだけ触れていたいのだ。そうできる時間を知らないうちに失った気分になり、それを政宗は厭う。ただ、奥州一の知恵者を呼ばわれる片倉小十郎という男は、そういった心の機微には阿呆ともいえるほどに疎かった。

「居たなら声かけろよ」
「政務に集中しておられたようですので、邪魔するのは悪いかと」
もう何度目になるか解らない僅かな喪失感と悔しさを込めて少々恨みがましく言えば、尤もすぎる答えが返ってくる。政務を日々こつこつこなすということをあまりしない政宗の日頃の言動を考えての所作である。そもそも小十郎の行動において政宗中心でないことなどないのだ。勿論、政宗の死角に立つことも含めて。
再び思考がそこへ着地する。
「Damn it!」
政宗は苛立ちに任せて畳をダンと叩いた。その音に僅かに驚いた気配がして、しかしその顔は見えない。反対側に居れば視界に入るのにと思い、次の瞬間、はたと気づいた。
何故こんな簡単なことに思い至らなかったのだろう。
「小十郎」
「はい」
「これから戦場以外は俺の左に居ろ」
「それは何ゆえ」
「小十郎が見えないからに決まってんだろうが!」
「……はぁ」
理解が追いつかない、というように小十郎はひどく間抜けないらえを返した。政宗にとっては至極真面目なことなのに、さっぱり伝わっていないようだった。
「しかし左側にいたら政宗様の背中を守ることができませぬ」
「室内で、しかも帯刀してなかったらどっちでも変わんねえだろ。だからこれからは左だ!you see?」
「政宗様がそう仰るなら承知致しました。――しかし、政宗様も趣味が悪い」
「は?」
場所を政宗の真左に変えながら、当然のように小十郎は言う。
「こんな傷ものの仏頂面など見てても何も面白くなどないでしょうに」
「あのなぁ、俺の一等の気に入りを貶すのはいくら小十郎でも許さねえぞ」
「そう…ですか…」
やや遠まわしに一番好きだと言われて、小十郎は困ったようなはにかんだような笑みを浮かべた。そんな些細な仕草や表情すら見落としたくないくらいに政宗は小十郎に惚れ込んでいる。
「……あとな、俺の見えないとこでそういう顔すんの禁止」
「そういう、と申しますと」
「Ah…Huhn…、まあいい」
どう言ったものか暫し悩んでから、結局言葉を探すのを諦めた。どうせ政宗以外の相手に対しては敵意や猜疑心をむき出しにして警戒する、よくできた番犬のような男なのだ。
そんなことは杞憂で彼を独占できるのは自分だけだと思うとたまらなくなって、政宗は己が右目を力一杯抱き寄せた。






「eye:目」
何言っとんねんこの馬鹿殿は、的なことを正当化してみた。
ムービーシーンではよく政宗様の左側に居るしね、小十郎。