022:flower
バサラ 小政小



「前田家の風来坊のさぁ」
と唐突に政宗は切り出した。
今は政務の真っ最中で部屋には治水工事等々の資料が散らばる中、なぜ今彼の名が出てくるのか把握できないまま、小十郎はとりあえず耳を澄ますことにした。
「あの剣技ってcoolだと思わねえか」
「あの、と申しますと?」
「ブン回すと花が舞うアレだ。この時期の夜だったら雪月花が一遍に拝めるんだぜ、粋だろ?」
あいつみたいに鈍ら使ってたら出来ンのかな、とどこまで本気か分らない口調で喋る政宗の視線はぼうっと障子の向こうに遣ったまま揺らぎもしない。きちりと閉じられたその障子の向こうは雪明かりで眩しいくらいに白いのみで、特に注視すべきものは無い。
そこで小十郎は合点がいった。要するにこれは現実逃避なのだと。
奥州の長い冬に閉じ込められたまま、面白味もない政務を大量にさばかなければならない現状に飽き飽きしているのだろう。元来活発な性分な上に、書類仕事は隻眼に負担がかかる。逃げ出したい気分も理解しない訳ではなかった。
そろそろ休憩の頃合いだとうかと計りながら、小十郎はこの戯れの言葉にほとんど相槌のような心持で言葉を返した。
「もし政宗様の六爪に桜の花弁が舞うようなことがあれば、この小十郎、見惚れて政宗様の背中をお守りすることかないませぬ」
ただでさえ此の目を惹きつけてやまないのに。と言外に言って、政宗の方を見遣ると外を向いていた視線がこちらに向いていてがちりと目が合った。そしてまたぷいっと戻された表情は少しばかり忌々しげに歪んでいた。
「……お前時々すげー恥ずかしいことさらっと言うよな」
「御気分を害されたなら申し訳なく」
「そういう訳じゃねーよ…shit!やってらんねえぜ」
気がめいる書物の山にも、この右目の鈍さにも。
吐き捨てた南蛮語の勢いのまま政宗は立ち上がって部屋を出た。
「政宗様、どちらに」
「厠だ!」
ほとんど逃げるように立ち去った政宗の頬がうっすら紅かったのに、小十郎は気づかないままだった。



「flower:花」
理性でガチガチに固められたようなひとが恥ずかしい台詞をさらっと吐くというシチュエーションが大好きです。