023:future
ヘタリア 芬典





その言葉はフィンランドの口からぽろりとこぼれるように落ちた。
「僕、スーさんのことが好きなんですよ」
感情を率直に言葉にすることが苦手な彼がこんなことを言い出すなんて、ずいぶんと早いペースで呑んだのだなとスウェーデンは思った。事実、机に体重を預け寄りかかるように座るフィンランドの傍には空になった蒸留酒の瓶がいくつか転がっていた。北国の人間は総じて酒豪だと言われるが、それでも酔うには十分な量を消費したと言える。
フィンランドの言葉に「そっが」とだけ答えてスウェーデンは晩酌の終わりを察して散らばった瓶を片付け始めた。それに気づいているのかいないのか、フィンランドはそのままぽろぽろと言葉を落とす。
「きっとスーさんが思ってるより、ずっとずーっと好きなんですよ」
「ありがとなぃ」
「友情とか家族愛とかそんなんじゃないレベルでスーさんのことが好きなんですよ。多分恋みたいな感情でスーさんのことを愛してるんです」
なんてこともないように、当たり前のように吐き出された言葉に、スウェーデンは静かに固まった。

フィンランドは今なんと言っただろうか。とスウェーデンは己の耳を疑ったが、積もった雪に雑音が消された北欧の静かな夜に、聞き違いようの無いほど今の言葉ははっきりと鼓膜を揺らしていた。
フィンランドが簡単にお世辞や冗談が言えるような人柄ではないことは長い付き合いの上で知っていた。ましてやここまで深く酔いが回った状態で嘘は言えまい。ということは。

「だから今の生活すっごい幸せです。でもスーさんはこんな気持ち悪い変なこと考えてる奴と一緒に暮らしてるの嫌ですよねぇ。困ったなぁ」
どこまで理性と思しき部分で認識して喋っているのだろうか。フィンランドは自分で暴露しておいて自分で矛盾を指摘していることにきっと気づいていない。
それを踏まえた上でスウェーデンは硬直したときと同じように静かにそれを解いて口を開いた。
「俺は…俺はフィンが幸せなら、それがええ。傍にいてほしいとは思っちょるけんども、フィンが幸せなんが俺ん幸せだがら」
口下手な己がどこまできちんと言葉を紡げただろうか。できる限り本心に近い形で表現したスウェーデンは、少し緊張した心持でフィンランドを見つめた。発端となったフィンランドは、酒で緩みきった面持ちを変えないままゆるゆると会話を続ける。
「もー…そんなこと言うから迂闊に手が出せないんですよぅ」
「そか」
「スーさんの深い懐に溺れちゃいそうです」
「ん…それはすまねえなぃ」
「いいんですよ、溺れてるのも気持ちいいですから。でも僕の心が――」
スウェーデンは続く台詞を聞き取ろうとして暫し待った後、フィンランドの顔を覗いた。すると先ほどまで半分覗いていた菫色の瞳は完全に瞼の裏に隠され、彼は穏やかな寝息をたてていた。


スウェーデンはフィンランドを共有のベッドまで抱えて運びいれ、自身も同じ布団に潜った。
眠りにつく前にスウェーデンは自身が女房と呼ぶひとを見て、少しだけ逡巡する。
朝になったら最後の言葉の続きを聞くべきだろうか。いや、フィンランドは今のことはきれいさっぱり忘れているかもしれない。何せ酔った上での会話だ。彼が酔ったときの記憶を失くしている素振りであるならば、今までと同じ付き合い方で同じ生活を送るだけだ。
もし忘れていなかったら、そのときはどうしようか。そのときの対応もまたフィンランド自身の言動次第だ。
スウェーデンの言動や感情は、フィンランドが思っているより余程多く彼の言動に依存しているのだから。

いままでも、これからも、ずっと。






「future:未来」
芬典は両片想いな時代が異様なほど長かったらいい。