028:high
バサラ 政小





小十郎の戦装束である鳶色の陣羽織は、政宗が直々に図案や生地まで指定して誂えた特注品である。元々政宗自身、そういったことが好きというのもあるのだが、そうでもしなきゃ小十郎は部下と揃いの服しか着ないからという理由が8割を占めていた。
最初こそ「政宗様と同じ月の意匠を背負うなど僭越にすぎます」とか「元守役だからといって贔屓してはなりませぬ」とかなんとか言って辞退しようとしていたのだが、普段から碌に報償を貰ってないんだからこれくらい受け取りやがれと政宗が半ば押しつけるように下賜した陣羽織は、今や本人達も含め伊達軍全員に気に入られているものでもある。

が、しかし。
多少洒落っ気のある服を身につけるようになったからといって、その人自身の服飾の好みが直ぐにがらりと変わる訳ではない。というのはこの伊達軍副将にも例外なく当てはまることであって。



「shiiiiit!!」
唐突に癇癪を起して忌々しげに『右目』を見つめる政宗は、黒い単衣に黒地に赤い紋様の施された袴という出で立ちであった。それこそ合戦に赴くときの装束に比べれば暗い色合いではあるが、袴の紋様は光の加減によって光って見える仕上げになっているのが、派手好みの政宗が粋として好むところであった。
「どうなさいましたか、政宗様。何か御気に障ることでも…?」
問う『右目』の方は、畑仕事している時の野良着でこそないがそれに近い色合いや材質のごくごく地味な着物であった。殆ど作業着か稽古着に近いそれでも、背筋を伸ばした立ち居振る舞いと一部の乱れもない着こなしで、みすぼらしさは一切感じさせない。
とはいえそれだけで自他ともに認める『伊達男』である政宗が満足するはずもなく。
「ああ、大いに『御気に障』ってるぜ!お前のその格好がな!」
「格好、ですか…」
「そうだ!なんでお前は学があるし風流も雅も解するくせに、自分のことに関しちゃ、そう地味っつーか手抜きなんだよ」
「なんで、と云われましても…武士たるもの何時でも主を護るべく動きやすいのが一番ですし、俺には政宗様の仰るところでいう『せんす』というものがありませぬ故…。それに、自分のことに構うよりも政宗様のお傍に居ることの方が遙かに大事なことですから」
「って言う割には俺をしょっちゅう執務室に閉じ込めて畑に足繁く通ってるじゃねえか?」
「それも畑の野菜も全て政宗様のお口に入れるため。政宗様の益になると思うからこそ丹精を込めてつくるのです。」
ああ、そうだった。この男は一から十まで『政宗様のため』なのだ。
「だったら…だったら俺のために、好いた奴に会うために着飾ってこようとか思わねえのかよ!」
主従関係であるだけでは決して口にしない、極々個人的な、けれど情人同士であるならば重要なこの要望は完全なる政宗の我儘だった。しかし小十郎はそんな複雑な意を測りかねていて。
「着飾る…平時から常に陣羽織を着ろと仰るのですか」
ぽかんと一瞬の間があいてから、もう一つ癇癪が弾ける音がした。
「shiiiiiit!!違えよ何でそうなるんだよ!あーもう!小十郎、明日空いてるよな?一緒に城下行くぞ!」
「は、いきなり何故…」
「お前の服買いに行くに決まってンだろーが」
「服、ですと?たかがこの小十郎のために政宗様のお手を煩わせる訳には――」
「『俺』がそうしたいんだよ!小十郎が俺のためにおめかししてるのが見てえ。小十郎が誰にも負けない男前ってのを自慢してえ。こんなにcoolでsexyでexcellentな小十郎が俺だけのものだって触れて回りてえ。だからお前に最ッ高にcoolな格好させてやりてえ!分ったか!」
「え…あ…はぁ…」
有難いんだか照れくさいんだか困るべきだか分らず反応が遅れる小十郎に、政宗はそのままの勢いで更に捲くし立てる。
「それともあれか。そんなに俺と出かけたくないのか」
「いや…」
「俺からお前とsweetな時間持ちたいって言ってんのに断る程野暮だったのか」
「いえ、決してそのようなことは」
「なら決定だな。明日朝餉の後直ぐだ、忘れんなよ!」

好き勝手に爆発してから自室に籠った政宗をぽかんと見送ったあと、小十郎は乱れてもいない髪を撫でつけた。
「眼の肥えた方についていくのも大変だ…。だが」
ああいった独占欲をぶつけられるのも悪くない。むしろ矜持の高い主が『誇る者』になれたのならば、これ以上なく嬉しくもある。
しかし明日もまた今日のような服装で居たら、また雷のような怒りを起こしかねない。
「少しは御眼鏡に適う格好を選ばなくてはな」
望む『粋』の域に到達するには壁が高そうだが、と思案する小十郎の顔は口調に反して穏やかに緩んでいた。






「high:高い・最高水準」
描いてから気付いたけど、政宗様も私服結構地味だったinアニメ雑誌。
政宗様の衣装は史実準拠だけど、こじゅの衣装は『竹に雀』カラーであったり月信仰の誂えだったりするあたりに、かぷんこ様の計り知れない意図を感じる。