029:hope
封神 飛虎聞
※拍手の続きっぽいかも





太師の執務室で、飛虎は普段見ないものを見た。
「何やってるんだ?」
「ああ飛虎か。ちょっと仙丹作りに挑戦しているのだ」
机の横に小ぶりの鍋からゆらゆらと湯気が上がっている。その湯気の中にちらちらと金に輝く光の粒があるあたりが仙人界の技なのか、と飛虎は思った。
「仙丹って確か薬だろ?聞仲それ苦手だって言ってなかったか?」
「ああ。今日は少しばかり時間の余裕が出来たからな。こういうのは今のところ無くても困らないが、あったら便利だ」
「へぇ、そういうもんか」
机に広げられた『薬学入門』を見るともなしに見ると、飛虎はあることに気付いた。
「仙丹ってこういう風に作るんだなー。光酒…天辺草…、ははは、聞いたことも無い材料ばっかだ。そこを抜かしゃあ料理みてぇだ」
「そうか?」
「あ、聞仲は料理しねえのか」
「必要ないからな。全て使用人がやってくれている。出征先での野戦料理なら出来ないこともないが」
「じゃあ仙丹作りが苦手ってのも無理ないかもしれんなぁ」
「そういえば飛虎は料理が得意だったな。鉄鍋を振り回して美味い杏仁豆腐が出来る様は常々不思議に思っていた」
「あれはまぁ…黄家秘伝の技ってやつだな」
「そうだ、料理上手になるコツなどあれば教えて欲しい。こちらにも応用が利く事があるかもしれん」
飛虎は暫し考えてから、他人に教えるのは上手くねえんだけどな、と前置きして講義を始めた。

「料理下手ってのは大体3つに分けられるもんだ」
「ほう」
「ひとつめは、不器用な奴」
「手先に関しては、問題があるほど鈍くはないはずだ。幼少の砌の王子をあやす玩具が作ったことがあるしな」
「なんだそれ、初耳だぞ。あとで見せてくれ。――あ?えーと料理下手の話か…ふたつめは、味音痴の奴」
「薬作りに味見といった工程はないからよく解らない」
「みっつめは、いい加減な奴なんだが…そうでないのは俺だって知ってることだ」
「どこかの誰かみたいにボサボサの髪に無精髭で朝廷に出てこない程度には、な」
「これはわざとやってんだよ!上司なのに親しみやすいって部下受けは結構良いんだぞ!」
「ほう、そういう信頼の得方もあるのだな。……結局然程参考にならなかった気がするが、感謝する。要するに丁寧に手本に沿って作ればよいのだろう」
「細かい事はまあごちゃごちゃとあるが、結論としては間違っちゃいねえな。じゃ、がんばれよ」
「うむ」

そんな会話をしたのが半日前。
大方仕事も終わり大分日も傾いた頃に再び飛虎が聞仲の執務室に行くと、火の元にしていた油の匂いに混じって焦げ臭い空気が辺りに満ちていた。異臭に眉を顰めつつ、少しばかり戦々恐々といった心持で部屋に足を踏み入れる。
「よぉ、聞仲」
「ああ、飛虎。もう帰るのか」
「まあな…ってそれは置いといて。作ってた仙丹ってのはこんな臭いのするものなのか?」
「…!!」
聞仲急いで鍋を覗き込むと、ほぼ固形になるほどに煮詰められた謎の物体が出来上がっていた。
「失敗…だろうな、素人でも見りゃ分かるぜ」
「言うな。不覚をとった」
「ちなみに、どれくらい火にかけてればば完成するはずのモンだったんだ?」
「一刻ほど」
「それって昼すぎじゃねえか!そりゃこんな訳の分からないブツも出来るはずだぜ。大方、その一刻が勿体無くて倉庫から引っ張り出した書物読み耽ってたら鍋のこと忘れてたってところだろ」
「…よく分かったな」
「そんくらい簡単に想像できるくらいには付き合い長いつもりだ。あと机見ればな」
指差した先の机には、大量の書物が鎮座していた。仕事に余裕が出来たと言っていたはずなので、詩歌や文学の類なのだろうと飛虎は予想する。
「普通そういう時間は別の料理作ってるんだが、そういう問題じゃねえよなぁ…。思うに、お前は性格的に向いてないんだろう。まともに出来る可能性は限りなくゼロに近いと思うぜ、俺は」
「むぅ…」
『限りなくゼロ』の隙間にある希望を諦め切れずにいる齢300を超える太師を他所に、換気のために窓を大きく開け放ちながら、「料理下手な奴」の中に「時間の潰し方が下手な奴」も付け加えるべきなんじゃないかと飛虎は思案していた。






「hope:希望」
本編でもハイパーカリスマで文武両道完全無敵っぽい聞仲の弱点を考えたらこうなった。
参考文献:蟲師・メシマズスレ