030:if ヘタリア 普独普 ※普消滅ネタ注意 ちょっとパロディ注意 あらゆる人の記憶から姿を消す、というのはなんて恐ろしいことだろうと思った。 たとえそれが自分自身のことでなくても。 最初の異変は、嘗て共に世界に挑んだ戦友との会話だった。 再統一パーティ用の礼服が届き早速包装を開けチェックをしていると、日本が言葉を挟んだ。 「同じ仕立てのスーツが2着…いや、サイズが少し違いますね。どなたのですか?」 「一つは俺の、もう一つは兄貴のだ」 「ドイツさんにお兄さんなんていましたか?」 「ああ、いる。というか日本も訓練後のパーティなどで何度か会って話したことがあるはずだが。プロイセンという銀髪の男だ」 「うーん…すいません、記憶にないですね。面識のある欧州の方々の顔と名前は一通り覚えているはずだったのですが」 日本が記憶を探るように眉を顰めているときに、俺も似たような表情で考え込んでいた。ある一つの違和感に。 日本がプロイセンと初めて会った時俺も同席していて、会談の少し後に日本がこっそりと「あの派手な容姿と大声は一度会ったら忘れられませんね」と苦笑混じりにこぼしていたのを知っていたからだ。 異変の存在を確信した瞬間は、先の会話から数日後。 そのとき俺は統一に関する書類作業とそれに関する意思疎通の話し合いをしているところだった。 勝手知ったる他人の家とばかりに俺の部屋まで来て、イタリアは陽気に言葉を挟んだ。 「ドイツドイツー、一緒にお昼食べようよ!すっごく上手にできたピッツァ持って来たんだー」 「今兄貴と仕事してるんだ、見て分かるだろう」 「あれ、ドイツにお兄さんなんていたっけ…? ま、いいや。仕事終わったらこっちきてね。それまでベルリッツたちと遊んでるから」 不思議そうに首を捻ったイタリアが退室した後、俺は仕事を続ける事が出来ず暫く動けずにいた。 アジアの東端の国である日本と違って、ヨーロッパに住むイタリアがプロイセンという国を知らないはずがないのだ。特にイタリアは南北統一のときにプロイセンとは縁がある。 そして更に異常なことに、その一連の会話を兄さんは扉の前にある椅子に座って聞いていた。――つまり、イタリアの視界に彼が入っていないはずがないのだ。 「最初は何の嫌がらせだと思ったぜ」 異変の中心たる彼はそう語った。 「誰に話しかけても反応がないし、肩を叩けば俺が見えてないみたいに首をかしげて行っちまう。そういう悪戯が好きそうな奴等にそういった言動は見られず、真面目そうでも無視する奴はいる。しかも日を追うごとにその人数が増えている。それに人為と思えなかった俺は法則性を見つけ出し、一つの仮説を立てた」 それがまるで他人事かのようにニヤリと意地悪く笑って説かれた『仮説』は、全く笑えないものだった。 「縁の薄い奴から順に『俺』という存在が消えている――姿形も声も記憶からも」 「どういう…ことだ?」 「そのままの意味だ。プロイセンという国家は疾うに無くなって、地図上からも消えた。辛うじて俺を構成していた東ドイツとしての俺も再統一により消えることになる。俺を構成するものが無いという違和感を、世界が均そうとしてる…ってところだろうな」 「いや、だからといってこんな事が起こるなんて聞いたことが無い!大昔に消滅したローマ帝国だって、その人がいたことはイタリア達の記憶に残っているんだ」 「人だって色々な死に方があるんだ。『国』の死に方だって色々あったっておかしくないんじゃねえのか?それに、『記憶が消える』っていう死に方が『伝承』されてるはずがないだろうが」 歴史の一ページに為って消滅するってのはそういうことなんだよ。 死ぬまでに時間があるなんてツイてるな!と言いながら兄さんは身辺整理を始めた。元々飛び地住まいで引越しの多かった彼の私物は少ない。その中でも大切にしていたものは俺に譲り、歴史的価値がありそうなものは倉庫に仕舞い、それ以外のものは処分するというだけの作業に多くの時間はかからなかった。 次に兄は知り合いの顔を最期に見ておきたい、と言って俺と一緒にあちこちを巡った。会った人間の殆どがもう彼の姿を見ることはできなかったが、それでもいいと彼は言った。逆に見えなくなってることが判ってる相手から順に巡ることにして、統一記念パーティの前日の頃に最後の相手に会うことになった。兄とは嘗て幾度も戦い同居時代には数え切れないほどの諍いを起こし、且つ一番近い親戚とも言える相手、オーストリア。 その部屋のドアの前に立つとピアノの音がぴたりと止んだ。 ノックをして返事が来たのを確認してから部屋に入ると、オーストリアは少し驚いたような哀しいような複雑な笑みを浮かべてこちらを見ていた。 「久しぶりですね、ドイツ。……と、プロイセン」 「…ついにオーストリアにも見えなくなっているのか」 「ええ、二人分の足音は聞こえましたが今私の目に映っているのは貴方だけですよ、ドイツ」 「兄貴の状況、どこまで知っている?」 「皆の記憶からプロイセンという人物が段々抜け落ちているということと、彼との別れが近いこと……そして『皆』の中に不本意ながら私も含まれていることくらいでしょうか。これでも貴方の次くらいには近しいと思っていたのですけども」 「……」 「忘れないように忘れないようにと思っているのに、思い出そうとするたびに記憶が零れ落ちるんです。彼の人としての名前や声なんかは疾うに分からなくなっていて、苛烈な戦場で何度となく出会ったはずなのに覚えてないんです。その場に居たはずなのに、歴史上為したことしか分からない。見た目すらもう朧げで…」 途中で兄が「もういい」と遮ったが、当然のようにその言葉はオーストリアに届かなかった。 「…プロイセン、そこにいるのでしょう?」 見えない相手に問いかけるオーストリアの視線は上手く焦点を結べずにいた。 「最後まで貴方とは仲直りできませんでしたね。今となっては少し残念です」 そう言ってから先ほどまで弾いていた曲とは違う、鎮魂歌にも聞こえる厳かな曲を一つ奏でる。 「これが私から貴方に最後に捧げる最後の曲です。…さようなら、プロイセン」 見えないものを見ようとする菫色の瞳は俺の近くを彷徨っていた。当の本人は彼の傍で手に触れているというのに。 とても見ていられない。悲痛すぎる光景から逃げるように、もう行くぞ兄さん、とだけ言って俺はその場から辞した。 「オーストリアでさえ俺が見えてないってことは、統一パーティには間に合わないと思うぜ」 開けた窓の桟に腰掛けて、飲み交わしながら兄さんは言った。そんな事実は数日前から互いに分かっていたことだった。 「ま、お前だったら一人でもできるだろ。でも――」 ごめんな、と困った顔で笑う。彼が謝る必要など一つも無いというのに。それでも甘えるように俺は言い募った。 「統一のための問題がまだ残ってる。俺が初めて遭遇することを一人でやれっていうのか」 「それくらい俺がいなくてもヴェストならできる。お前はとっても有能な俺の弟だからな」 「パーティのために用意したスピーチはどうするんだ。面倒なことしようとしない兄さんのために俺が二人分書いたんだぞ」 「お前が二人分読めばいいじゃねえか。何も困ることなんかないぜ」 「あと…仕立てたスーツ。俺が着れるサイズじゃないし、オーダーメイドだから他人に渡せるものじゃないぞ」 「それは……ごめんな」 彼はまた困ったように笑う。彼が悪いことなど一つとして無いのに。そこまで言って、俺の言葉が彼を追い詰めるだけだと理解した。想いを押し付けるだけの、ひどい甘えだ。 「すまない。まだ認めたくないだけなんだ。兄さんが消えてしまうなんて」 「ヴェストが謝ることは無えよ。むしろ嬉しいぜ。俺にそこまで執着してくれる奴がいることがよ」 「当たり前だろう。兄さんは、俺のたった一人の兄さんなんだから」 「だからもっと嬉しいんだよ。俺が一番大切にした弟が一番俺を必要としてくれる。俺ができることはもう何もなくなっちまったけどな」 「……」 「そんなシケた顔すんなよ。――まだヴェストが俺を認識できてるなら、ヴェストだけは俺のことをずっと覚えていられるだろうな。コレは必要なかったみてえだ」 照れながら投げてよこしたのは、俺のと揃いの鉄十字のペンダントだった。手入れはされているもののやはり少し古びていて、以前見たときと違って銀色の裏面の真ん中に彼の瞳と同じ色をした小さいルビーが収まっていた。 「お前に忘れられるのが一番嫌だったから、邪魔にならないもので俺っぽいものを残せたらって思ったらこれくらいしか思いつかなくてな。形見とでも思ってくれ」 「形…見……」 不意に涙が零れそうになって、そんな情けない姿を見せたくなくて俺は俯いた。それに気づいた兄が笑う気配がする。そして、「あ、時間だ」と待ち合わせ場所に向かうような気軽さの声が聞こえた。今更何があったのかと面を上げると、彼の体の輪郭が薄く光っていた。 「もう、行くのか」 「みてえだな。上で親父が呼んでるのが聞こえるし」 今更「行かないでくれ」なんて言えなくて、懸命に言葉を選ぶ。 「……今までありがとう」 「ははっ、礼ならこれでいいぜ」 次の瞬間、銀の光が間近に迫って唇を柔らかいものが掠めた。それが彼の唇だと気づいたのは数瞬後。 「じゃあな」 突然のことに呆けた俺の瞳に映った最後の兄の姿は、開け放った窓の桟を蹴って跳んでいった背中だった。 たったひとつのくちづけで。それだけで気づかされてしまった。 胸に過ぎる不安とも悲しみともつかない執着。本来ならばあるはずもない、それはまぎれもなく恋だった。 「兄さんの卑怯者……最期にとんでもないものを残していって…」 しかし全ては遅すぎたのだ。 「if:もし〜ならば」 普の消滅自体が仮定の話。 東西好きなら一度はやっとけ消滅ネタ。 クラナド風子ルートパロのつもりだったけどほとんど原型が無い…。 |