036:knife
BASARA 秀吉+半兵衛





ざり、ちゃぷん
ぞり、ちゃぽん

「秀吉、入るよ」
「ああ」
部屋に入った半兵衛は、仮面の奥で瞠目した。
「髭剃りの途中だったのかい。だったら後にしようか。僕の用事はさほど急でもないからね」
「この時間に来るということは朝議のことであろう。言葉で済む程度なら構わぬ。なに、この程度で怪我などする我ではない」
「そうだね。じゃあ10日後の侵攻のことだけど――」

ざり、ちゃぷん
ぞり、ちゃぽん

「――以上だよ」
「分った」
かちゃりと剃刀の刃を収めながら、ふと秀吉はひとつのことに思い当った。
「半兵衛」
「今の作戦に問題でもあったかい?」
「いや、其れとは全く関係無いのだが…半兵衛の不精鬚姿というのを見たことがないと思ってな」
何日もかかる行軍や戦があれば、当然身なりに気を遣う余裕がなくなり崩れた格好をする者も多い。その中で半兵衛だけは一人浮いて見えるくらいに、白と紫の服すら碌に汚さず行軍に耐え戦場に臨んでいた。それはこの男が殊外見に関しては潔癖な性分故だと秀吉は思っていたのだが。
「ああ、僕は生えないからね」
「…は?」
「鬚、生まれてこのかた一度も生えたことないよ。仮にあったとしてもこの髪と同じ銀だったりしたら老人みたいで嫌だからこれでいいんだけど」
つるりとした顎を撫でながら半兵衛は事も無げに言う。秀吉が完全に動きを止めて絶句していることに気付かずに。
「……」
「じゃ、朝議でまた会おう」
「…ああ」
たった一人にしか見せない爽やかな笑顔を残して去った半兵衛を硬直したまま見送り、秀吉は思考に耽った。
名前や服装からして疑ったこともなかったし、背丈だって秀吉に比べれば当然低いが一般的な成人男性くらいだ。城の侍女からの人気が高いという噂を聞いたこともある。
が、一緒に湯治に行ったとき半兵衛は「痩せた体を見られるのが嫌だから」と言って一緒に湯に浸かるのを拒んでいた。
そして此度のこと。まさか成長途中という若さでもあるまい。

「いや、まさか」
ぶるりと頭を振って思考を振り払う。
一瞬でも親友を疑ってしまったことに心の中で詫びて、秀吉は片付けを始めた。






「knife:小刀・刃」
真実は闇の中。
謙信が「性別:けんしんさま」なのと同じくらい半兵衛も「性別:はんべ」だと思う。中の人的にも考えて。