040:love
おお振り・田島→←花井





田島が好きだ。好意ではなく恋愛感情で。
そう自覚するようになったのはいつからだっただろうか。
最初は嫉妬や羨望であった。
小さい体躯にも関わらず、宣言したことを必ず実行する実力。
バッターボックスに立った時の射抜くような鋭い目。
なのに普段は子供みたいな言動で場を和ませる。
そのギャップに惹かれたのか、いつしか田島を目で追うようになり、常に俺の思考を占拠するようになった。
しかし俺も田島も男だ。普通恋愛なんか成立しない。
部のキャプテンがそんなことを表に出したら、部全体を混乱させてしまうかもしれない。
この気持ちだけは隠さなくては。

そう考え込んでいる時、意識を現実に引き戻す声が聞こえた。
「花井!聞いてるのか!」
目の前にいるのは古典教師。
今は古典の授業中で、俺は何を訊かれてるのかもわからなかった。
「すいません聞いてませんでした」
「まったく…そのまま立ってろ」

授業が終わりやっと座る事が許された休み時間、水谷が駆け寄ってきた。
「ねぇ花井、最近なんかおかしいけどどうかしたの?病気?」
俺はどうやら隠し事ができない性質らしい。
なんと答えようか考えあぐねていると、近くにいた阿部が口を挟む。
「お医者様でも草津の湯でも治せないってやつだろ。違うか?」
「お前っ…!」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。
「へ?何それ」
理解が追いつかない水谷を阿部が小突いた。
「さっきの授業で出てたのに分かんねーってことは、お前寝てたのか。ってか常識の範囲内だ馬鹿」
「なんだよー!古典は栄口が教えてくれるから寝ててもいいの!」
「だったら訊いて来い」
「教えてくれればいいじゃんか!阿部の意地悪」
ガキくさい捨て台詞を吐いて水谷は教室を飛び出していった。おそらく1組に向かったのだろう。
「阿部…」
「大丈夫だ、栄口なら言わねえよ」
「そっちじゃなくて、いやそっちも重要だけど…いつから知ってた」
「さあな。ちなみに相手も見当がついてるぜ」
「ちっくしょう…」
「ついでに教えてやる。俺の見立てがあってれば、この件そう深く悩むことでもなくなる」
「え?」
「捕手の観察眼、ナメんなよ」
そういって口の片端を吊り上げた阿部を、俺はぽかんと見つめることしか出来なかった。


忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで



すっげーカワイイ女の子に告白された。
背が俺よりだいぶ低くて、でも胸がでかくて、髪がふわふわしてるおとなしそうな俺好みの子。
でも「ごめん」って言っちゃった。
野球に専念したいとかそんなカッコイイ理由じゃねーよ。
「スキ」って気持ちを思い浮かべたときに浮かぶ姿が別にあったから。
背は俺よりずっと高くて、胸なんかぺったんこで、坊主ですぐ怒鳴って野球部のキャプテンで。
ってか男で。

花井がスキだって気づいたのなんかつい最近。
ずっと前だったら練習終わって家帰ってベッドに入ったらこてんと寝てたのに、最近花井の姿が頭にちらついて寝つきが悪くなった。
適当に伏せてねーちゃんに訊いてみたら、「悠、それ恋じゃないの」って言われた。
言われてみるとその言葉が一番ぴったりで。意識するとその気持ちがすっげー大きくなってあふれ出しそうで、でもすっげー頑張って食い止めた。
んで、テストんときでもこんなに頭使わないってくらい考えて、でも答えが出なくて。
とりあえず「黙っておこう」ってことにした。
我慢するなんて俺向いてねえのにな。
でもそれ以上に花井に気持ち悪がられたり嫌われたりするのが怖かったんだ。俺ちょーかっこわりー。

「ごめん」って言った日からしばらく経った頃に「俺が誰かに恋してる」って噂が女子の間で流れてるって知った。
一言しか喋ってないのにバレるなんて、オンナってこえー。それともやっぱり俺が我慢なんてなれないことしてるからバレたのかな。
でもクラス違うし相手が花井ってことはバレてないと思う…多分。

ガラにもなく考え込んでるといきなり頭を叩かれた。
見上げると古典の先生がいた。
「珍しく田島が起きてると思ったらやっぱり話聞いてないんだな。花井といい田島といい、野球部はどれだけたるんどるんだ」
「へ、花井も?」
「ああ、花井もさっきの授業でグラウンドの方を見てボケっとしてたな。花井は成績いいからまだいいが、田島はいつもギリギリなんだからテスト前くらい真面目に授業受けろよ」
その後も先生はぶつぶつ言ってたけど、俺の頭には入らなかった。
さっきって言うと、俺達は体育の授業で外にいた。
あのときバッターボックスにいるときのような焼け付くような視線に気づいたけど、辺りを見回しても特にそんな風に俺を見てる人はいなかった。
あの視線が校舎の上の階からのものだったら。あの視線の主が花井だったとしたら。
「ジイシキカジョー」ってやつかもしれない。
でも。
気持ちのストッパーはもう粉々になる寸前だ。


恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人しれずこそ 思ひそめしか






「love:恋をすること」
真夜中に唐突に電波を受信して、遅筆な自分が1時間で書き上げたブツ。
百人一首の恋の歌を好きなジャンル・カプに当てはめて妄想するとすごく萌えます。
たった三十一文字に込められた「気持ち」って凄い。