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バサラ・小政+元親(ちょっとだけ親就親要素あり)





「『男子厨房に入らず』なんて勿体無いと思わねえか、独眼竜よ」
問う元親の手には碇鉾の代わりに包丁と魚が、周りには野郎共の代わりに多種多様の醤と香料が立ち並んでいた。
「全くだ。こんなinterestingなもん知らねえ男は人生の1/3損してるぜ」
同意する政宗の手には六爪の代わりに菜ばしが握られ、鍋をゆるゆると掻き回している。
大の男、しかも軍の長たる二人の武将が立っているのは、厨という名の戦場であった。



料理を「食材との戦」と喩え、美味い料理をこさえることを勝利と呼ぶのならば、戦も終盤戦況は上々といったところだろう。近況報告から始まっていた会話も、食欲をそそる匂いが立ち上れば自然と話題は目の前のものに向く。
「男を近づけないようにするってのはアレだ、女の策略かもしんねーぜ。男は口で釣れって言うからな」
女ってのは怖い生き物だからな、と政宗が大袈裟に震えて見せれば、元親は首を傾げた。
「ハァ?そんな謂れがあんのか」
「俺は女中の世間話を傍から耳に挟んだ程度だけどな」
「あー…ウチはアンタんとこより一層男所帯だから、聞き覚えが無いのかもな」
どこぞの風来坊に言わせれば「茄子のヘタよりわびしい」伊達軍も居城に戻れば女中や侍女くらいいるが、プライベートでも海の上にいることが多い元親の周辺はほぼ100%野郎共で構成されている。長曾我部軍とはそういったところであった。
「ついでに言えば料理に関する言葉だと、『愛情が一番の調味料』なんてのもあるな」
「へぇ、なんとも信憑性の薄い謂れだ」
「そうか?俺の料理の腕の9割は小十郎への愛でできてるぜ」
がこん、と音がして包丁があらぬ方向へ振り下ろされた。見れば魚の頭が無残に真っ二つになっている。船盛りにした御頭つきの刺身にしようとしていたのに台無しだ、と元親は思ったが真横で前触れもなくのろけられたらこうなるのもしょうがないと心の中で言い訳する。
「大丈夫か元親。悪ィがここに傷薬は無えぞ」
何事もないように訊ねる政宗に元親は恨みがましく視線を向けるだけで抗議した。そのジト目をの理由に気づかず、別に指を派手に切断した訳でもないと知ると、政宗は再びのろけ始めた。
「えーとなんだっけ、ああ、愛情の話か。俺の場合は、小十郎が畑に行くときに持っていくおにぎりを俺が手ずから作ってやったのが始まりだな。今思えばとんでもなく不恰好なおにぎりだったんだが、それでも小十郎がすげえいい笑顔で美味しいですって言ってくれたから俺の凝り性に火がついたんだと思うぜ。それから小十郎の作った野菜使って腕磨いて……そのせいか得意分野が煮付けとか和え物とかのちぃとばかし地味なモンになっちまったんだが。元親はそういうの無えの?」
「え、ああ?俺か?」
とんでもなく幸せそうな顔で語る政宗の話を半分ほど聞き流しつつぼーっとしていた元親は反応が遅れた。
「だから、お前が料理始めたきっかけ。さっきから作ってるの、main dishやdessertっつーより、酒の肴みたいなもんばっかだしよ」
「きっかけ、なァ…」
元親の料理は政宗ほど年季が入ったものではない。だから記憶を手繰るのはさほど難しくはなかった。
元々元親は食事が不味くても肴がいまいちでも文句は言わない性質だ。勿論それらが美味いに越したことは無いが、どちらかと言えば酒は塩と明るい喧騒があればいくらでも飲めるクチだ。
しかし、ひょんなできごとで再会した幼馴染である毛利元就は真逆を行く男であった。好意的に近づけば城に入れることぐらいのことはするが、うっかり不味い物を供されれば眉間に深い皺が刻まれてそれ以上口をつけようとはせず、早々に追い払われる。逆に、名の知れた酒蔵の酒と美味い肴を手土産にすれば泊まることさえ許すくらいの距離を与えられる。元就の目の前で活きのいい鰹を捌いて肴にしたときは、不動の鉄面皮と思われた頬がほんの少しだけ緩んでいて、元親は驚きに暫し硬直したほどだった。思えば、それがこの趣味に傾倒したきっかけだったのだろう。気がつけば、異国の珍しい香草や醤を積極的に集めて元就の前で披露するのが楽しみの一つになっていた。
「うーん……愛情っつーのか、あれは…」
振った話題に眉間を寄せて考え込む元親を、政宗は怪訝そうに一瞥した。
「ま、言いたくないんだったら別にいいけどよ。――よし、俺のほうは完成したからお前もさっさと仕上げろよ」
「……おう」
簡単に認めたくない部分もあり、でもそうでもなければ説明がつかない己の言動もあって、再び声がかかるまで真っ二つの魚を見つめながら元親は悶々と思案していた。






「mark:印・目的」
Wアニキが厨房に立ってたら可愛いよね、っていう。
瀬戸内でカプを考えるなら、元親が好意と恋情の違いに鈍感な子であってほしい。