046:mirror
流石兄弟 弟者×兄者(?)





キラリティ、という言葉を講義で聞いた。鏡合わせであること以外同じなのに、その性質故に二つの物質は重なり合わず異なる性質をもつ、ということらしい。
俺はそれを知ったとき、俺と兄者のような関係だと思った。
双子なだけあって鏡写しのようにそっくりなのに、俺は外で遊ぶことが好きな一方兄者は日がな一日ひきこもっている。何度も何度も同じ失敗を繰り返したら俺ならすぐに凹んでやる気をなくしそうなのに、兄者はよくわからないポジティブシンキングで同じブラクラを何度も踏んでいる。
それでも俺たちはやっぱり似ているからお互いの隣でずっと生きてきたし、これからもそのつもりでこのポジションを誰にも譲るつもりはない。

さて、そのキラルな関係なもの同士が惹き合うことは自然なことなのだろうか。



兄者が日課のエロ画像漁りをしている左横でノートパソコンを覗く。これが俺だけに許された特等席だと思えば、ずっと立ったままなのも苦痛ではない。
何気ない会話の中でふと思い立って、ありきたりな謎かけをしてみた。
「『月が綺麗ですね』と言ってみるテスト」
馬鹿でDQNの兄者に通じるなんて思ってはいなかったけど。
「『死んでもいいわ』と返してみるテスト」
視線はモニターから外さないままさらりと返されて、俺はフリーズしてしまった。俺の方から振った話題なのに、兄者のほうが幾分情熱的な台詞だったのがどこか悔しい。
「……?そういう意味じゃなかったのか?」
「いや、合ってる…けど…」
「どうした弟者、今日は様子がおかしいぞ」
「……俺たちさ、このままでいいのかなって」
「ほほう、ヒキオタニートに将来のことを語りますか」
「自分で言うな馬鹿兄者。いや、馬鹿じゃない兄者なんて俺の兄者じゃないんだけど」
「ははは、こやつめ。褒めても何も出ないぞ。あ、さっき落とした二次エロ画像なら分けてやらんでもない」
「いらねーよ。――いやさ、俺達兄弟で好き合ってるじゃん」
「まあな」
「要するに近親相姦で同性愛なわけだ。どんだけ神様に刃向かってンのって思うとなんか凹んだ」
「それってキリスト教の話だろ?聖誕祭の1週間後に除夜の鐘撞いて翌朝神社行く節操無しが山ほど居る中、態々俺達に罰なんて当てないだろjk」
「……もういい」
話題も議題もゆるくはぐらかされて、俺は会話を放棄した。しばしば『あえて空気を読まない』兄者の癖は、昔から少しだけ嫌いだ。そうやって好き勝手引っ掻き回した後に兄者が持っていく話の行き先は、20年前後の付き合いな俺にもさっぱり分からない。たまたま今回は殺人かなんかを犯した犯人のように現場に戻ってきただけで。
「逆に考えるんだ。「ヤっちゃってもいいさ」と考えるんだ」
どこぞのジョースター卿の言葉を著しく下品に改変した兄者は、思いの外真面目な顔をしていた。
「弟者の考えを借りれば、神様ってのは世界を創って、規律を創って、俺達を創った訳だ」
「うむ」
「規律を作った奴が俺達をこう作ったってことは、こうなったのはカミサマって奴の意思なんだよ」
俺の思考の遙か斜め上からの考えに、俺は再びフリーズした。
「だから弟者がなんか気に病む必要はない」
神学者が聞いたらブチ切れそうな解釈は、そのまま世界中から糾弾されそうだ。そんな言葉でも、兄者が言うだけで俺の心にストンと落ちる。
「どうしても弟者が罪の意識に押しつぶされて逃げ出したいって言うなら、引きこもりの俺も本気出して駆け落ちに付き合ってやらないでもないぞ。神をも敵に回してみせる、とかな。それこそ『死んでもいいわ』とかな」
おお俺勇者みたいカコイイ、と言い出した兄者の後頭部を俺は思いっきりはたいた。
「軽々しくンなこと言うんじゃねえよ、親不孝ニートめ」
「そこ突かれると痛いな、いろんな意味で」
頭をさする兄者を見て、俺はずっと強張っていた表情筋が緩く笑みを作っているのに気づいた。
ぐるぐると袋小路を廻っていた俺の憂いを吹き飛ばした兄者の言葉は、俺にとってよほど神の息吹に等しかった。






「mirror:鏡」
兄者がアホであることが弟者を救っているみたいな、依存度弟>>>兄みたいな関係が理想です。