063:rain
ヘタリア 伊独





こういうときに限って折りたたみ傘が鞄に無い、と思うのは気のせいだろうかとドイツは考える。会議の進行は遅れに遅れ、とっぷりと暮れた窓の外は雨でけぶっている。降水確率20%という、その1/5にぶち当たったようだった。なまじ会議場から家が近かったから、CO2排出量を考えて徒歩で来たのも完全に裏目に出ていた。ここでタクシーを呼ぶのも本末転倒な気がしてためらわれ、嘘をついた空模様を恨めしげに睨んでいると後ろからのどかなイタリアの声がかかった。
「あれー、ドイツどうしたの?」
「ちょっと傘を忘れてな」
「珍しいねぇ」
「ああ、…お前は持ってるんだな」
「俺んとこは朝降ってたから。そうだ、よかったらドイツ入ってく?傘買うにしてもここからだと遠いし、どうせだから送ってくよ」
「…いいのか?」
「さすがにドイツの肩幅だと少し濡れちゃうかもしれないけど」
「いや、じゃあお言葉に甘えるとしよう」

スーツが濡れないように脱いで鞄に仕舞い、開いたイタリアの傘の中に少し身をかがめて入る。確かに狭かったが、いつになるかわからない雨上がりを軒先で待ったり土砂降りの中を駆けだすことに比べれば遥かに快適と言えた。
しばらくそのまま、いつもの歩調よりはゆっくりと歩いていると唐突にイタリアが言いだした。
「まるで、いつかのポスターみたいだ」
「ポスター?」
「うん。俺がドイツと仲良しなのをアピールするポスターの図案を日本に考えてもらったことがあったでしょ」
「ああ、そんなことも…」
返事をしながら、ドイツは当時の記憶を探っていた。確かその図案は恋人同士を示すものではなかっただろうか。傍から見て今の自分たちがそれに見えているのだとしたら。そう考えると何気なくやっていた行為がとたんに恥ずかしくなって逃げ出したい衝動に駆られた。
「イタリア、ここまででいい。あとは一人で帰れる」
「えぇ?!まだ家まで遠いよ?風邪ひいちゃうって」
駆け出そうとするドイツの腕をイタリアが引き、そのまま腕をからめた。そうされると力づくで引き剥がすのもためらわれ、結果的に大の男が二人密着して傘の影に収まることになり、羞恥や照れやそういった感情を一生懸命追い払いながら歩く以外に選択肢は残されていなかった。



人もまばらで暗い街並みを二人で歩いていく。街灯で照らされる雨がカーテンのように二人を覆い、まるで密室のように見えた。イタリアは延々と最近あった楽しいことや面白かったことや情けなかった失敗談を喋り続け、ドイツはそれに相槌を打ちながらこの奇妙な状況のことを考えていた。
ドイツの体はあったかいとイタリアは言うがイタリアだって充分子供体温じゃないか、とドイツは思う。雨の夜という必然的に肌寒い気温の中、腕から伝わる体温が心地よい。バカンスで行った彼の地の太陽がちょうどこんな感じだった。ぽかぽかとして、それでいて陽気な暖かさ。知ってしまうと離れがたくて、先程まで逃げ出したかったのが嘘のようだった。
そんな風に思えた頃、家が視界に見えてきた。
「もうすぐだね」
隣で気の抜けた声がする。
たどり着きたくない。離れたくない。ずっとこのままで。そんな思いが頭の中をぐるぐると巡り、自然と口数は少なく足取りは重くなる。考えることをそのまま口にできればという感情を、可愛げのない大の男がそんなことを言っても気持ち悪いだけだと考える理性が否定すればしがみつかれた腕も強張った。
その逡巡をイタリアの言葉が遮る。
「俺、久しぶりにドイツのトルテが食べたいなぁ」
「…は?」
さの当然のようにドイツの家に行く気でいるイタリアの言葉に唖然とする。「送ってく」は「遊びに行く」と同義だと初めて知った。
「駄目?今日すっごい疲れちゃったから甘いもの食べたい」
「駄目じゃないが、材料が無いな」
「じゃあスーパー寄ってこうよ!」
「疲れたんじゃなかったのか」
「美味しいもののためならまだまだがんばれるであります!」
「そうか。なら店はそこの角を右だな」
何気ない風を装って応対すれば、いつもどおりの応酬が続く。
しばらくこのままでいられるなら、傘の狭さにありがたささえ覚えた。






「rain:雨」
どいつさんがgdgdな乙女… 『メルト』をイメージしてみたけど別にそんな感じはしなかったぜ。
何気にこれで英単語お題フルコンプです。長い。