068:sharp
東方 けねもこ





迷いの竹林に子供の声が響くことはまずない。そもそも「迷い」と名のつく竹林に大人達が子供を遊ばせる訳もなく、竹林に足を踏み入れるのは永遠亭に用事のある――つまりは病気や怪我をした者を介護する人間であるからだ。
だからこそ、妹紅は自身の住む庵に近づくように聞こえる子供の声(しかもよく聞けば複数だった)を不審に思った。稚い子供に化けて人を食らうような妖怪でも出たかとも思うが、近くによく知った気配があるからこそ妹紅は警戒すらせず午睡をとった姿勢から動きもしなかった。

「妹紅、今帰ったぞ」
「おかえり、慧音。その子供達は誰だ」
「私の子供だ」
さらりと出た言葉に妹紅は吃驚して起き上った。勢いのあまり背中を卓袱台に強かに打ちつけて呻く姿に慧音はくすくすと笑った後、冗談だと言った。
「この子たちの住む村の大人たちが今晩集会を行うそうで、終わるまで預かっててくれ、と。勝手に決めてしまったけど、良かったか?」
「は…?ああ、そういうことか。私は構わないが、夕飯の材料は二人分しかないぞ」
「それはちゃんと買っておいた」
「なんだ、私の返答も聞かずに」
「だって、妹紅は人間が好きだろう?」
「まあ…否定はしないが」
妹紅の唯一で最大の理解者は、妹紅の言動も対応も全て予測した上で全ての準備を整えていた。そういったことに一際頭が回るのはやはり教師という職業柄だろうか。
「せんせい、あのおねえちゃん、だぁれ?」
「あのお姉ちゃんは此処のヌシみたいなもんだ。――ほら、妹紅」
慧音に促されて渋々子供達に挨拶をする。人間が好きだからといって人間と接触するのが得意だとは限らない。むしろ妹紅は口下手な部類に入った。
「あー…藤原妹紅だ。よろしく」
生来紅い眼を向ければ、子供たちはびくっと身を竦めた。それにすこしだけ眉を顰め、視線を逸らす。
「妹紅は私の親友だ。目付きや態度は悪いが、決して悪い人間じゃないぞ」
「酷いな」
「事実だろう。――さ、竹林で遊んでおいで。この辺りの妖怪は妹紅が粗方追い払っているから里よりも安全だ」

「子供、か…」
茶を啜りながら妹紅が呟いた。
小屋の外を見遣れば子供達が筍探しに熱心になっている。小さいものは既に見つけづらくなっているほどに日は落ちているのにも気づいていないようだ。
真っ当な人生を送っていれば、或いは彼らの親としてこういった光景を見るはずだったのかもしれない。しかし此の不死の――詰まる所『変化を受け付けない身体』というものはそれを有り得ないものとして拒絶する。だからこそ惹かれるものがあるのかもしれなかった。
「いいものだろう、子供って。私も良い授業をしてやれる教師ではないが、あの子たちとふれあえるのは日々新鮮に思うから好きだ」
慧音の授業は難解らしいが、子供達が懐き大人達が信頼するほどの人望はある。もし親になるのなら良い教師でなくとも良い親になれるのかもしれない。
鍋の準備をする慧音をぼんやりと眺めながら在り得ぬことを考えていると、
「つくるか、私たちの間の子も」
思いっきり咽こんだ。茶を含んでいなかったのが幸運と言えば幸運であった。
「な…なにを…!」
慧音と妹紅は恋仲であるからこそこうやって日々を過ごしているが、そんなことを一瞬たりとも考えたことは無かった。第一、二人とも種族や寿命は違えど、女性である。
「いや、妹紅が望むのならば、と思ってな。永琳はどんな薬でも作れるのだろう?だったら私たちの間に子供をつくれるようにもできるんじゃないか」
「それはそうかもしれないが!」
しかし不死の人間と半妖の間に子供ができるのか?できるとしたらどういう種族に入る?というかどちらが孕むのだ?その前に何をしたら――
くるくると益もないことに目まぐるしく思考を巡らせていると、それを唐突に切る高い声が響いた。
「せんせーい!こんなにおっきなたけのこみつけたよ!」
姉だと思われる女の子が一抱えもある筍を慧音に見えるように抱えあげ、弟らしき子供は勢いよく慧音の腰に抱きついた。
「すごいな!じゃあこれも一緒に鍋に入れて早速食べようか」
慧音が笑顔で二人の頭を撫でる。
ただそれだけの傍から見たら微笑ましい光景が、ちりりと妹紅の胸を焦がした。それはあまりに稚気じみた感情で。
「慧音、やっぱりいいや」
慧音は一瞬きょとんとして、妹紅の苦笑に似た表情に何かを察して同じように困ったように破顔した。

無邪気な子供にすら妬くくらいだから、暫くは二人の間に子供はいらない。
その暫くが、三ヶ月か一年か、死が二人を別つまでかは二人にも分からないのだけど。






「sharp:鋭い・突然」
もこたんはもっとクールだと思うんだけど、自分が書くとけーねの急直下爆弾発言にびびる子になってしまう。
えーりんなら、男体化・ふたなり化の薬くらい余裕で作れると思う。