071:silent
ヘタリア 芬典芬





暴力の音を聞きたくなかった。聞いただけで痛みが僕にも伝わるような気がしたから。
だから僕は、それが始まったと同時に外に駆け出した。凍てつく白の世界へ。

雪は全てを包み込む。苦しいことも哀しいことも、嬉しいことも楽しいことも。
僕はそれを知っていながら、辛いことを耳に入れないために雪に埋もれた。理不尽に振り下ろされる拳は僕に向かっているのではないと分っているのに、その音を聞くと心が千切れるようだった。


キンとした静寂が鼓膜を灼く。何度もここに居るのにこの静寂には慣れない。いつも世界に一人しかいない心持になる。でも逃げ出さずにはいられない自分の弱さが嫌になった。

静寂は精神を徐々に苛む。帰る場所にはとても痛々しい音が鳴りやまないから、じわじわと侵食する痛みがあってもこの静けさを選んだ。


永い静謐な闇とどこまでも白い世界は、足音さえも消したようだ。
雪原で一人蹲っていると、ふと、両耳に暖かな温度が伝わった。同時に底が見えないほどにどこまでも深い音が鼓膜を揺らす。
真っ黒で真っ赤な溶岩が流れるような熱い鼓動。自分以外の誰かが此処に生きている体温。
その低く綺麗な音に暫し聞き惚れてから見上げると、澄んだ蒼い瞳が逆さまにこちらを見つめ返した。
この世界に温もりのある生命があると再び教えてくれたのは、折檻を受けていたそのひとだった。
彼と深く関わるのは初めてだったけど、無言の視線で言わんとすることが分った。それと同時に、モノクロだった世界が、澄んだ蒼を起点として色味を持ち始めた。

その晩、僕たちはあの家を抜け出した。






「silent:静か、無言」
北欧組同居時代、丁さんち脱走前。今の丁さん見ると昔折檻してたようには見えないけど。
モチーフは、蟲師の『柔らかい角』