077:sweet
ヘタリア・伊独





ドイツは苛々しながら甘い匂いのするボウルの中身を力いっぱいかき混ぜていた。
それは今日彼の気分を害する一つの出来事があったからである。


それは朝というには遅く昼に早い時刻まで遡る。
「イタリアの野郎!なにやってんだもう1時間20分も遅刻してるぞ!」
もう何度日付と時刻を確認しただろうか。
「まあイタリアの遅刻癖は今に始まったことじゃないがな」
ドイツがいつもの訓練場でひとりごちた。
あまりにも弱く降参するのに躊躇わないイタリアのためにドイツが戦いとは何であるかを訓練するのは、ドイツとイタリアの間で習慣になっていた。
そしてその訓練にイタリアが毎度遅刻するのもまた習慣であった。
ドイツが今までのイタリアの『戦歴』を思い浮かべ溜息をついたころ、ひとつの影が近づいてきた。
「ドイツおはよー!」
イタリアの声で挨拶をするその影は――動くシーツだった。
正確には穴の開いたシーツ。
その穴から、ドイツには1000年経ってもできないような気の抜けた目つきがみえ、その名を呼んだ。
(訓練を何だと思ってやがる…!)
ブチッと頭の奥で音がしたと思った次の瞬間、ドイツの目に「ヴェー」と泣きながら逃げる白い塊が映り、握った拳に痛みが残った。


「くそっ」
そしていつもよりもやけににぎやかな街並みにすら腹を立てながら家に帰り、その場にある材料を取って作業を開始し今に至る。
ドイツが苛々したときのストレス解消法の一つが、菓子作りだった。きちんと分量をはかり正確に時間をはかって手順通りに作ればそれに応じた結果が出るからである。
「訓練から脱走することはあっても最初から人を馬鹿にした態度はしない奴だと思ってたのに…」
そんな失望にも似た悪態をついたころ、ボウルにはまるで使い物にならないほどに捏ねあがった生地が転がっていた。

その日のドイツは決して好調と言える状態ではなかった。
生地の捏ねすぎによる失敗をもう1度繰り返し、3度目にして漸く出来上がった生地は寝かせすぎ、焼き上がりは食べられないほどではないがこげついていた。
しかも出来上がった菓子は、それがドイツ一人では到底食べきれない量であった。
ドイツは今日何度目かの溜息をつく。
今日の失敗の全てはイタリアについて考えていた事が原因であることは、認めたくない事実として認識していた。ドイツはことイタリアに関しては冷静さを欠くということに気づいていたからだ。
どこが悪いという指摘もしないまま殴ってしまったのは悪いと思っているが、そもそもの原因がイタリアの行動なので謝りたくはない。

複数の皿に山積みになった菓子を睨み、ぐるぐると悩んでいると呼び鈴が鳴った。
しかし外に出ても宵闇と街の灯りが広がるのみ。
またひとつ溜息をついてドアを閉めようとすると、小さく声が聞こえた。
「あのっ…」
「い、イタリア?何でこんなとこに…」
声のした方向には朝と同じ格好をしたイタリアがふるえていた。
「あさはごめんなさいマダオコッテマスカ」
彼らしくない緊張した物言いに、ドイツはふっと笑みをこぼした。
「いや。それより中に入れ。ちょうど一人で困ってたところだ」
「よかったー!じゃあ、おじゃましまー…じゃなくて、Trick or Treat!」
イタリアの言葉にドイツはしばし瞬きを忘れ、その後今日のイタリアの奇行の理由を理解した。


「ドイツん家にもハロウィンあったはずなのに朝怒られたから、日付間違えたのかと思ったよー」
席について菓子に手をつけながら、イタリアは呟いた。
「いや、ランタンも灯してない朝からあんな簡単な格好でハロウィンだと思えって方が無茶だと思うんだが」
「だって思い出したの今日だったんだもん。凝ったのなんて準備できないって」
「ふん、まあ察するほどの心の余裕が無かった俺も悪かったな。…しかしその量よく食えるな」
イタリアはその痩せた体躯から想像できないほどの速さで菓子の山を崩している。
「そう?あ、そうだこれってもしかして俺のために作ってくれた?」
あまりにも唐突なイタリアの発言にドイツはコーヒーを噴き出した。
「な…なにを…」
半分当たっているだけに否定の言葉も無い。
「違ったー?なんか俺が好きなフルーツがいっぱい入ってるからそうかと思ったんだけど」
この菓子の山は、その場にあったものを使って作った結果である。
イタリア好みの材料が用意された場所で、イタリア好みの材料を選び、イタリアが好きな菓子を作っていた。
嫌いになろうとしてなりきれなかった相手を思いながら。
思い返せばあまりにも恥ずかしい。何よりもそれに気づかなかったことが。
「し、失敗作も大分混じってるんだ。誰かのために作ったのならそんなもの食わせないだろ」
頭が羞恥に埋め尽くされるなか、僅かに残った理性的な部分で考え出されたのはこの場を流すにあまりに弱いごまかしの言葉。
「えー美味しいよ!あ、そうだ俺ばっか食ってるのも悪いからおすそ分け!」
次の瞬間、ドイツのすぐ目の前にはイタリアの顔があり、口元には甘い香りと柔らかな感触があった。
「美味しいでしょ?」
「……っ!」
頬を一瞬で朱に染めたドイツが見る表情は、笑顔でありながら感情が読めない。


たった一人の言動がドイツの気持ちを一日中かき回したまま、10/31の夜は更ける。






「sweet:甘い」
ドイツの趣味を知ったときからやってみたかった「いつの間にかイタリアの好みを熟知してるドイツ」ネタ。
怖い顔ででかい図体で、ちっちゃくて甘いお菓子を作るドイツっていい。