081:today
ヘタリア 独普独





プロイセンが本を山ほど抱えてリビングで読んでいた。
クシャミをするだけで読書に飽きるような男なので、これは面白い光景だとドイツは思った。
「珍しいな、兄さんが本を読むなんて」
「ああ、ヴェストか。かなりムカついたことがあったからよー、ちょっくら最終兵器を持ち出してみたんだよ」
ケセセと妙な音を立ててプロイセンは笑い、これ他の奴らには絶対秘密だからな!とドイツに念押しした。
ムカついたことと最終兵器と本の山の関連が掴めなかったドイツは、本のタイトルを見て一瞬で理解した。
本の表紙には『オレさま日記』と子供のような文字で書いてある。暇だとくだらないことに情熱をかけがちな兄のことだ、日記に書いてある誰かの過去を漁って恥をかかせてやろうとかそんなことを企てているのだろう。ドイツのその予想は決して的を外してはいないものだった。
「そうだヴェスト、お前も手伝え!人手が増えれば作業効率もいいからな」
なんでそんなくだらない事に、とドイツは言いそうになり、言葉をぐっと喉に押し込めた。以前にもその日記の話を聞いたことがあり、この飽き性の兄が国民性の一つである『まめさ』を唯一発揮するのが、一日も欠かさずつけていると豪語していた日記だった。しかし、今まで兄の日記なんてものをろくに見たことがなかったので、興味があった。

ドイツ邸の地下深くにある巨大なタペストリーで扉が隠されたその書庫は、家主であるドイツですら知らないくらい広く暗い部屋だった。電気の通ってないせいで手元の光で照らしても部屋の奥の壁が見えず、ずらりと並んだ本棚の中身が日記でさえなければ図書館ぐらい開けそうである。
その日記は新しいものから、背表紙が殆ど剥がれているくらい朽ちかけているものまであって、聖マリア騎士団でありドイツ騎士団でもあったプロイセンの生きた長さを物語っていた。
「腐れお坊ちゃんの恥ずかしい過去が書いてあったら教えろよ。できればあいつもほとんど忘れてるくらい旧いのがいいな!じゃあ解散」
解散と言われてもページが崩れそうな本相手にどうしたらいいか分からずドイツは本棚をざっと懐中電灯で照らしながら眺める。すると、骨董品レベルが並んでいる棚に一つ黒々とした色彩を見つけた。日記の一つに挟まっていたそれは立派な鷲の羽ペンであった。
「あー!こんなところにあったのか!」
プロイセンの驚いたような声が後ろから飛んだ。自分で解散と言ったのにあまり離れてない場所に居たらしい。
「これ昔すっげーお気に入りだったのに失くしてめちゃくちゃへこんだんだよ。どこにあった?」
「あの日記の最後の頁だ」
「栞にしたまま仕舞ったんだなー。右利き用しかなかった中で一番手に馴染んでたのにこんな時代になってから見つかるなんてな…ああ今思い出しても惜しいことしたぜ」
ドイツも昔は羽ペンを使っていた覚えはあるのだがやはりレトロなアイテムという印象があり、常用した記憶が強いのは金属ペンであった。こんなところでも縮めようもない距離が確かに存在した。

右手に持つと何となく収まりの悪い黒鷲の羽根ペンを弄りながらドイツが言った。
「なあ兄さん、恥ずかしい過去の発掘とかそういうの抜きにして日記読み通してもいいか?」
「別にいいけどよ、量多いしヴェストと違って字きたねえぞ」
「構わない」
「ふぅん。何で?お前も暇じゃないだろ」
「何でと言われても…愛する人をもっと知りたいと思うのはいけないことか?」
そこで、ぷつりと空気の流れが止まった。
暫しの沈黙の後、先にそれを破ったのは兄の方であった。
「そういう言葉、誰にでも言ってるんじゃないだろうな」
「どういうことだ?」
「そういう真っ直ぐすぎる好意をぶつけるような言葉だよ!気づけ馬鹿」
「ふむ…俺は浮気できるような器用な人間ではないからな。多分兄さん以外に『愛する』なんて言葉は言わない」
「そりゃあいいや、お前みたいな朴念仁にたらされた奴がいたら可哀想だ」
プロイセンの語気は荒く何処となく早口で、その急激な変化にドイツは首を捻った。
「兄さん、何怒ってるんだ」
「うるせー!さっさと作業に戻れ!」
そう言い捨ててプロイセンは足音も荒く遠い本棚まで早足で離れていった。

薄暗い部屋の端で彼の耳が羞恥とか照れとかそういったもので隅まで真っ赤になっていたことも、彼がそんな些細な喜びを今日の日記に書き留めることも、この『朴念仁』が知る由もなかった。






「today:今日」
普の日記は途中からドイツ猫かわいがり日記と化してるに違いない。そりゃあもうドイツ自身が読んだらがっつり赤面するくらいの。