084:truth
バサラ 小政
ラジオドラマネタ





先日から付け狙われている。
具体的な日数は分からないが、梅雨の終り頃からだろうか。小十郎はちりちりと視線を感じずにはいられなかった。
狙っている敵方は、相当気配を隠すのが上手い。日々主を護りながら戦うよう訓練した達人の域の武人である小十郎でさえ、戦場に居るときと同じくらいに気を張り詰めなければ気配を感じることはできなかった。ということは、偵察に来ているのはそこそこの腕の忍びであろうとアタリをつけていた。
常ならば気配に気づいた時点で始末するのだが、奇妙なことに殺気というものが全くない。更には政宗と一緒に居るときにはぱたりと居なくなるようであるので、これといった害もない。
となれば、敵国が欲しそうな軍事機密に関する書類は政宗と一緒に処理すれば良いだけで、大した情報もなければそのうち帰っていくだろうと思った。

それから1ヶ月。付け狙う影は全くないどころか少し増えている感覚さえあった。
元々小十郎は気の長い方ではない。むしろ短気な部類に入る。害がないとはいえ見られていると思えば迂闊な姿を晒すこともできず、苛々は募る。
丁度今偵察に来ているのは、屋根裏を歩く音をかすかに立てるような半人前の忍びであるようだ。これが好機でなくて何なのか。
相手に殺気が無いとはいえ、こちらの感情に因る殺気が操作できる訳ではない。素手であることが情けといえば情けであった。
「唸れ、鳴神ッッ!!」
気配の在る方向、庵の天井右後方隅。三連の稲妻をそこに中てれば、瓦礫と共に悲鳴をあげて落ちてきた忍が背負った紋章は、あまりにも見慣れすぎた『竹に雀』であった。



どすん、どすん、どすん。
余裕のない足音が政宗の部屋の前まで近づいて止まった後、声も碌にかけずに障子が開いた。
「Hey,小十郎。珍しいな、了解もとらずに部屋に入るなんて」
「政宗様、直属の忍の教育はきっちりとなさいませ……というのは後でもよろしいのですが」
言って、小十郎はすっとその場に膝を折って頭を垂れた。南蛮の絵巻にあったknightみてえだ、と政宗が見惚れたのは一瞬で、その騎士が発した言葉は政宗の肝を抜いた。
「政宗様、この小十郎の忠義をお疑いあそばされるとは。事と次第に因っては腹を切って詫びねばならぬ所存」

至極簡単な経緯であった。
降ってきた忍(矢張り忍隊に入って日が浅い者だった)をとっ捕まえて問い質したが口を割らなかった。命令だと言っても、だ。
小十郎は伊達家の数多要る家臣の一人と言えど、名実ともに奥州のナンバー2である。その小十郎の命令を上回る緘口令を引く事ができるのは一人しかいない。
しかも態々忍を使って偵察をさせるということは、小十郎を敵に為りうる者として見たと考えたのである。

が、智の片倉と言われるほどの頭脳をもった小十郎が導き出した仮説は、真相とは程遠いところにあった。
「お前に不忠の疑いをかけたことなんか欠片も無えし、出奔するとも思ってねえよ」
「しかし!」
「アレはなぁ…俺のすげえprivateでくだらねえことだからよォ…」
「納得のいく答えを聞くまでは、この小十郎、一歩たりとも退きませぬ」
あからさまに言葉を濁す政宗を、小十郎はぴしゃりと斬って捨てた。その剣幕に圧されて政宗は口の中で暫くもごもご言った後、漸く話し始めた。
「この間、捨て子を見つけたことがあっただろ」
「は…?ああ、そのようなこともありましたな」
一ヶ月と少し前、長雨による河の増水具合を見に行き、とある社で幸村や佐助と出会ってごたごたした後に捨て子を発見したことがあった。その捨て子は結局いつきという農民の娘の村にひきとられたが、それと此度の事が繋がらず小十郎は首を傾げた。
「そんときお前、随分慣れた様子で赤子をあやしてたじゃねえか」
「ええ、まぁ」
「最初は俺の傅役だったからと思ったんだけどよ、よく考えたら俺と小十郎が初めて会ったのだって病の後だろ?それに、お前に歳の離れた弟や妹が居るって話も聞いたことが無え」
だったら答えは一つしか無えじゃねえか。
「そりゃあ俺は男だし、お前も男だ。いくら好き合ってたって当然相手は女の方が色々都合はいいだろうよ。しかもお前も結構イイ歳だし、ってか嫁貰うには遅いくらいの歳だろ。俺に遠慮して縁談断ってるって噂も聞いたしよぉ……でも頭では解ってても感情はcontrolできねえじゃねえか」
「……詰まる所、俺に他の女が出来、あまつさえ隠し子がいるとお考えに?」
「諸々を省いて言えば、そうなるな」
ンなこたぁ俺の杞憂だったみてえだけどよ、と笑う政宗に小十郎はひとつ溜息をついて。そして前髪が一房はらりと落ちた。


たかが浮気調査に直属の忍隊を使われますなッ!!という怒声が城中に響き渡ると同時に、比喩でなく雷がひとつ、庭で一番高い木に落ちたそうな。






「truth:真相」
なんでこじゅは赤子の扱いに慣れてたんだろう…
若い頃はいきがってたと言う割には今はお堅い忠臣というあたり、気になる過去満載って感じです。