086:universal
BASARA 政小





政宗は飽き性であるのに情が深いという、相反する性分を兼ね合わせている稀な人物である。
気に入ったものは常に目に見える範囲に置きたがり、熱が冷めればそうしなくなる。それは小姓相手で蒐集品相手でも同じで、小姓相手には待遇をあまり変えずに別の仕事を与え、蒐集品相手には宝物庫に入れて時々眺めている。それが情が深いと思わせる所以であった。

小十郎は宝物庫に向かいながらそのようなことを考えた。
政宗に用がある部下が「筆頭が見当たりません」と助けを求めてきたからである。手前で探せと思いながら政宗の私室に向かえば棚にずっと置いてあったギヤマンの壜が消えていたので政宗の居場所が一箇所に絞られたのだが、そういった推察が小十郎にしかできない事を小十郎は知らない。

宝物庫の前に立って膝を折れば、言葉を発する前に中から入れと声がかかった。言われるままに厚い扉を引くと、小十郎が予測していた姿にぴたりと重なるようなかたちで蒐集品に囲まれた政宗が座していた。
厳重ゆえに昼でも暗い宝物庫は行灯の光に照らされている。壁には日ノ本では使われない画材で描かれた絵が掛かり、棚には数多の舶来品が並ぶ。棚に載せられないような城の模型や南国の彫刻などは床に置かれているが、手入れを欠かさないように言いつけてあるのか埃ひとつ積もってはいなかった。
それらの中、棚の手前に政宗の私室から消えていたギヤマンの壜があった。大きくも派手でもなかったが、表面に浮かぶ紋様を政宗はひどく気に入り私室に置かれていた。飽き性な政宗にしては珍しく随分と長くそこにあったから、小十郎はその場所が他のものに取って代わられることはないのだろうと思っていたのだ。
しかしその予想は外れ、壜も数多の蒐集品と変わらないものになった。
じりり、と心が軋む。最も長く政宗の傍に在ったもの、それは小十郎の立場と似ているとも言えた。ほんの小さな壜にいつの間にそこまで己を重ね合わせていたのかと、小十郎は内心で驚いた。
「竜の右目」という立場を誰にも譲る気は無いし代わりが居るとも思わない。しかし、主と従者を超えたところにある情愛、幾人もの女や小姓が通っては離れていったこの部分にだけは小十郎は全く自信というものが無かった。なまじ小十郎自身が望んだが故に、いくら「政宗様を護って政宗様と共に在れればいいのだ」と己に言い聞かせても割り切れぬ心情があった。他の者共と同じように、蒐集品と同じように、緩やかに遠ざけられるのだと思うと辛かった。ただ、そういった感情を隠すのに人一倍長けていたのだ。

「どうした小十郎。何か用があったんじゃないのか」
「下の者が政宗様を探しておりました」
「Ah?政務は全部終わらせ…あっ」
「商人でも招いておりましたか」
「That's right.呼んでおいてすっかり忘れてたぜ。すぐ行く」
軽く裾を叩いて立ちあがった政宗は、小十郎の視線の先にあるものに気づく。
「あのギヤマンが気になるか」
「え、いや…随分と長くあの場所にあったものだと思いまして」
「欲しいなら譲るぜ」
「然様な訳ではございませぬ」
「そうか?これからの商談もそうだが、欲しいモンがあったら遠慮なく言えよ。お前は褒美を受け取らなさすぎるからな」
向けられた笑顔に一切の含みは無い。その笑みに些かの罪悪感を覚えつつ、しかし『どんなに高価な品もどんなに珍しい舶来品も要らない、ただ貴方から永久の執着が欲しい』などと言えるはずもなく、全てを従者の仮面に隠して「承知いたしました」とだけ答えた。






「universal:全世界の・普遍的な」
政宗様はなんか飽き性なイメージがあります。
でも小十郎にだけは絶対飽きることなんてないのに(小言除く)、本人はそれに気付いていない、みたいな。