087:useful
ヘタリア 普独
※WW2直後ネタ注意





どんな死地に赴く兵士達にでも、兄は「さよなら」ではなく「またな」と言って送り出した。
しかし兄はどれだけ厳しく俺を躾けようとも、俺をその言葉で戦地に放り出すことはなかった。
そのことに気づいて、幾度かの「またな」を見送った後、俺は訊いた。
「何故俺を最前線に送り出してくれないんだ。俺は十分戦士の心得を学んだつもりだ」
すると兄は、プロイセンは言った。
「ヴェスト――ドイツ、お前を戦いに出すときは、俺が戦えなくなったときだ」

「それはどういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。深読みすることなんて欠片もない」
「意味が分からないぞ、兄さん」
「ヴェスト、俺が元々どういう名前だったか知ってるよな」
「ドイツ騎士団、だよな」
「間違いじゃないが正確ではないな。俺は『ドイツ人ための聖母マリア騎士修道会』だ。どういう意味か分かるか?」
「つまりは、俺のための…?」
「よく分かったな、いい子だ。所謂ドイツ騎士団として生まれた瞬間から、俺はお前を守る騎士になる運命<さだめ>だったんだ。それをお前に初めて会ったときに俺はそれを悟った。そして俺がお前を育て一人前の『国』にすると誓った。その誓いは、俺のプロイセンとしての武勲や栄華にも勝る一番の誇りだ」
何の裏も無い兄のその笑顔に、俺はこそばゆい気持ちになった。こんなにも強くてかっこいい騎士が、俺を限りない愛情で包んでくれてこんなにも大切にしてくれることが嬉しかった。
「王であれ将軍であれ一番大事な人は前線には出ないもんだろ。だからお前を戦いに出すときは、俺が戦えなくなったときなんだ。お前が王なら俺が騎士で―ー」



「――お前が戦士なら俺は剣であり矛であり槍であるべきだった。なのに俺は盾にすらなれなかったな。何の役にも立てなかった」
シーツと包帯にくるまれて横たわる俺の傍、虚勢の笑みすらない沈みきった表情で彼はそう吐き捨てた。
「兄さんが自分を責める謂れなんか無い。この戦争は俺が主導し俺の名義で為した戦いだった。だから俺が一番報いを受けるのが道理というものだ」
「だけど…!俺が俺である限りお前の盾になるべきだったんだ!」
兄は何かを堪えるように口を結んだ。体力の限界まで戦って今や殆ど身動き出来ない俺を見て、片腕を包帯で巻いただけである己を恥じているようであった。もう過去の国である彼が負う責などひとつとしてないというのに。
唇を血が滲むほどにぎりりと噛んだ後に彼は、呟くように言った。
「なぁヴェスト。俺は盾にすらなれなかったけど、懐刀くらいにはなれるか?」
言葉の意味を問いただすこともできないまま、部屋のベルが鳴った。面会終了の合図だ。敗けた国である俺達はほんの半時話すにも監視がつく状況であった。
「ああ、もう時間みたいだな。俺はちょっくら冬将軍に守られた白熊野郎んとこ行ってくるぜ。」
兄はいつもそうするようにひらりと手を振って。
「さよならだ、ヴェスト。元気でな」

再び会う「またな」ではなく、「さよならだ」と言って彼は去った。
それが彼自身を死地へ送る決別の言葉であることに、俺はそのとき気付かなかった。






「useful:役に立つ」
一度はやっておきたい名前ネタその2。Gilbert=輝ける誓い
役に立つ=道具=武器というのはちょっと曲解?