089:vow
絶望先生・准望
闇21:懺悔の続き





それから望先生と久藤君は学校のすぐ近くの店に行きました。
久藤君は言いました。
「もう店は用意してあるんですよ」
先生はそれを理解するのに時間がかかりました。
久藤君が「一緒に古書店でも」と言っていたことを忘れていたのです。
ついた先の店には『古書店VOW』と書いてありました。
「vow…『誓約』ですか。たいそうな名前ですね」
「先生との約束で建てた店ですから。あと、先生の名前の音読みともかけてるんですよ」
「私が忘れてたらどうするつもりだったんですか」
「そのときは…どうするつもりだったんですかね、僕」
そうやって二人は笑いあいました。


それからずっと望先生と久藤君は古書店をもちながら一緒に暮らしました。
元々どちらも本が大好きだったので話をするのは楽しく、たまにけんかをすることもあったけど、ただの先生と生徒であった二人はすぐにとっても仲良しになりました。
望先生は寺子屋のような小さな塾もかけもちしたので、久藤君にとっては望先生はずっと『先生』だったし、望先生にとっても久藤君はずっと『久藤君』でした。
古書店も塾も大盛況というわけではありませんでしたが、二人が暮らしていくには充分なほどに繁盛していました。
春には桜を見ながら少しだけお酒を飲み
夏には縁側で闇に散らばる花火を眺め、
秋には鮮やかに染まる紅葉を栞にし、
冬には窓の外に雪を見ながらこたつに丸まって、
また春が来る。
二人の間にゆるやかにしっかりと四季が通り過ぎていきました。

そうやって20の春を数えた頃、久藤君が言いました。
「あの日から20年がたちました。どういう意味か分かりますか、先生」
先生はそれを理解するのに時間がかかりましたが、理解した途端目の前が真っ暗になったように感じました。
久藤君に放り出されると思ったのです。
店も塾も久藤君のものだったので、今放り出されたら望先生には何も残りませんでした。
しかしそれ以上に望先生は久藤君との暮らしを手放したくありませんでした。そのために、高校の先生であった頃には考えられないほど、生きることに執着していました。
「でも」
と久藤君が言いました。
「僕は先生を手放したくないです。先生がもし今までと同じように暮らしたいと思ってくれているなら…」
年齢は刻まれていましたが、久藤君の感情が読みづらいけど全てを包み込むような笑顔は昔と同じでした。
しかし望先生は久藤君の瞳が不安で揺れ動いているのを見逃しませんでした。
読みづらい感情を読み取れるだけの時間を二人は過ごしていました。
「そうですね……ではこうしましょう」
と望先生は言いました。
 ひとつ大きく息を吸って、
「久藤君、貴方の時間を私に貸してくれませんか?」
 望先生が久藤君に手を差し伸べました。
「死が二人を別つまで」
 そう言って久藤君はその手をとりました。






「vow:誓い、誓約」
サイト開設以来初めてこんな長いの書きました。疲れた。でも満足。
前編が『懺悔』で後編が『誓約』って、なんか宗教学っぽいけど特に意識してません。