090:water
BASARA 小政小





夜は遠くの音がよく聞こえる。それは例えば、澄んだ笛の音。
丁度眠れなかったところだと思い、政宗はその音を追う。行きつく先は分かっていた。

笛の音の中にさらさらと水の流れる音が混じり始め、川岸に月光に照らされた人影が浮かび上がったところでぴたりと笛が止まった。
「……そのようなところに隠れてないで出てきたらいかがですか、政宗様」
「Oh,バレてたか」
「この小十郎が気づかないとでもお思いか」
「それも、そうだな。傍で聴いていてもいいか」
「どうぞ」
再び響き出す音は、闇を縫って冴えわたる。高く、低く、型どおりなようでいて必ずしもそうでなく、どんな楽よりも政宗を魅了する小十郎の笛が昔から好きだった。
一通り演奏し終わって小十郎が大きく一息ついたとき、ふと気になって政宗は訊ねてみた。
「お前、よくここで吹いてるよな。なんでだ?」
「ご存知でしたか。なんともお恥ずかしい」
「何を恥ずかしがる必要がある。俺は小十郎の笛は好きだぜ」
「有難う御座います。――何故ここで、でしたかな。政宗様は、陰陽道で川が青竜に見立てられることをご存知ですか」
「そういえばそんなことを聞いたことがあったような…」
「青竜とは年若い竜。城の東にあるこの小川が若く青い竜、即ち政宗様のように思えて心が安らぐのです。だから夜に笛を吹きたくなったとき、この小川が広く太く育ち日の本を席巻するさまを思い描きながら奏でていたのです」
それを聞いて政宗は暫し黙する。
小十郎は政宗の第一の腹心だ。それ以上に惹かれるが故に己の半身と同じだと政宗は考えている――僭越にすぎると小十郎は言うが。その小十郎がたかが水の流れを政宗に見立てて「心が安らぐ」という。ひとつの些細な嫉妬心と気恥ずかしさが心の中に沸き起こる。想われているという確かな事実がひどく嬉しかった。
小十郎が世を統べる竜だと信じて疑わない政宗は、殊色恋に関しては唯の未熟な青年であった。
「Ah……だったらよ、態々こんなとこじゃなくて……直接俺の所に来いよ」
これだけを言うのにかなりの勇気が要った。月明かりで頬が赤いのが知られそうで思って顔を少し背けた。その心情を知ってか知らずか小十郎はさらりと往なす。
「政宗様の安眠を妨げる訳にはいきませぬ」
「言い方を変えるぜ。俺は小十郎の笛が好きだ。小十郎の傍に居るのが好きだ。……睡眠なんかよりずっと優先したいくらいにな」
たかが小川に嫉妬したことがばれてやしないかと、言ってから恥ずかしくなって俯いた。それ故に、小十郎が年若い主を慈しみ恋うる眼差しを向けたことに気づかなかった。
「承知いたしました」
応える声は、今夜の月明かりと同じにやわらかい。






「water:水」
できてるんだかできてないんだが。
オトメン政宗様。