092:why
ヘタリア 伊独





Side:D
好きだとか愛してるとかを溺れそうなほど囁かれて、俺とイタリアは所謂恋人同士という関係になった。
恋愛経験値が馬鹿みたいに低いのも、感情を言葉にするのが苦手なのもどうしようもないから、俺から能動的に何かをすることを控えていたら、あまりにも変わらないままの日常が過ぎた。

奴の感情表現は激しすぎて、考えていることや起こす行動がさっぱり読めなくてついていけないことがままある。それに加えて食へのこだわりも強いものだから、ふと、パスタやピッツァやジェラートが人のカタチをしていたらきっとイタリアはそれらに毎日いつでもキスの嵐を降らせるだろう、なんて事まで思ってしまった。なんと子供じみたファンタジックな発想だと自嘲した次の瞬間、人間の何倍もの年月を生きる自分たちも自覚する以上にファンタジックな存在だということを思い出して少し泣きたくなった。嗚呼、俺はこの数百年の間何を学んできたのだろうか。
だからといって、イタリアが街中の女性という女性にナンパをしかけなくなったり、美食に興味を示さなくなったら、それは絶対に『イタリア』ではなくなるのだろう。
春の女神から生まれたような、戦いを厭い美を愛する陽気なこの男を俺は愛してしまったのだから。
それだけでは割り切れない想いが言葉に出てしまったのだろうか。イタリアと共にした昼食の場で、我ながら女々しくて恨みがましい言葉を、不意に零してしまった。
「お前にとって俺はピッツァと同等なのだろうな」
好きなものに等しく愛を向けるこの男から特別な愛を与えられたい、なんて願いは叶えられるはずがないのに。己の名前を綴るように滑らかに愛の言葉を紡ぐこの恋人の心に伝わる言葉を、不器用すぎる俺が紡ぐことなど出来るはずが無いのに。



Side:I
頭が固くて冗談の通じない彼が、呟くように言った。
「お前にとって俺はピッツァと同等なのだろうな」
ドイツがどこか寂しそうな表情でぽろりと落としたその言葉は、目の前の料理から視線をはずし俺の全力の注意を向けるに足る言葉だった。
ドイツがピッツァと同じ?そんな馬鹿な!俺が永遠に愛すると誓ったひとが、1時間足らずで空にしてしまう食事と同じなものか!
その誤解を解こうと必死に弄り回して浮かんだ言葉が、よりにもよって「鮮やかな銀杏の葉のような髪も澄み渡った空のような瞳も秋のように美味しそうで、食べてしまいたいくらいに愛してる」だったりして、口にする前に止めておいた。誤解が深まるのが見えていたから。

「手足を拘束すると喋れなくて死んでしまう」なんてジョークがあるような俺だから、可愛い子を見つけたら声をかけないといけない衝動に駆られるし、感じたことは全て言葉にしなきゃ気がすまない。これは本当にどうしようもない性分で。
ドイツが俺に積極的に触れようとしてくれないからそういう距離感が好きなのだと思って今までどおり日常を過ごしていたのだけど、こんな困った事態になるってことはどうやらそれは間違いだったみたい。でも「本気の恋愛」をしたことがないから、どうしたらいいのかわからない。ああ、どうしよう!
是が非でも誤解を説きたいのだけど、浮かぶ言葉が全て女の子や食べ物に対する言葉と被ってしまう。俺のドイツに対する愛はそんな言葉で言い表せるものじゃないのに。何事も深く考え込んでしまうこの恋人に本当の気持ちを伝えられないなんて、こんな口なんかいらないとさえ思ってしまう。



この溢れそうな気持ちを余すことなく伝えられるほど俺は器用じゃないから

この溢れそうな気持ちを伝えるには俺の言葉は軽すぎるから


ああ、こういうときに限って言葉というのは何故こんなにも役立たずなんだろう!






「why:なぜ」
付き合ってからの方がむしろギクシャクする不器用さっていいと思う。