バサラ 政小





奇麗に撫でつけられた髪をくしゃくしゃと掻き回す。傷のある頬を包み込む。武道と畑仕事で固くなった大きい掌を撫でさする。
小十郎の腿に乗っかって遠慮なくぺたぺたと触れるのは、閨の上での政宗の儀式のようなものだ。触り方自体は色気の欠片もなく、寧ろ玩具で遊ぶような笑顔と仕草だが、場所が場所であり時が時であるのでこの後起こることが予測できて小十郎の柳眉がきゅうと顰められた。
今晩来いと誘われるのも、迷いながら結局赴くのも、今のような状況になるのもいつものことだ。「いつのもこと」であるのが問題なのだ。
だから言い出さなければならない。大分遅ればせながら、という気がしないでもないが。

「政宗様」
「なんだ、小十郎」
楽しげに眇められた琥珀の瞳に心を揺らされながら、それに抗って言うべき言葉を吐き出した。
「もう、斯様なことはやめにしませんか」
政宗の瞳孔がゆっくりと開き顔が青いのを通り越して白くなるのを間近で見つめ、その肌の白さに見とれた。
「裏切りる気か」
戦慄く唇から零れた地の底から這い出るような声に、今度は小十郎が瞠目する番であった。気がつけば、頬傷に触れていた政宗の長い指が喉に迫っている。それに僅かな恐怖を感じながら、あくまで冷静に小十郎は抗議した。
「政宗様、なにか思い違いをなさってませんか」
「what?」
絞まろうとする指がぴたりと止まる。
「何も政宗様の臣下を辞めて出奔するつもりだと申しているわけではありませぬ。斯様なことを止めていただきたいと」
「え…あ…?ああ、なんだ?何をやめるって?」
政宗の手が力なくぱたりと下に落ちたのを確認してから、ひとつ大きく息をついて、決心したように小十郎は続けた。
「衆道を趣味の一つにするのに文句は申しませんが、斯様な戯れに小十郎を巻き込まないでくだされ」
小十郎は苦々しく云っているが、政宗もまた苦悶に耐えるような顰め面で聴いていた。キリリと歯が軋む音すらする。
「戯れ、だと…?」
「真でございましょう。人生の半分も過ぎた男に情を向けるよりは、いずれ奥方となる方に向けたほうが余程――」
「テメェ、その耳は節穴か!今まで夜毎何を聞いてやがった!!」
「……?」
「俺が何度お前を愛してると言った!俺の隣にいるのは小十郎だけだと言うのは何のためだと思う!」
激昂した政宗の瞳に在るのは、感情の切っ先と同じ色をした執着の光。しかし小十郎はそれを俄かには理解できずにさらりと往なす。
「男の閨言など、所詮半紙よりも薄いその場限りのものでございますから」
「……この遊び人」
「心外です」
憮然とした顔同士が暫し見つめあったまま膠着し、それを先に破ったのは政宗の大きな溜息だった。



どれだけ言葉を尽くせば分かってもらえるのだろうか、と政宗は思う。
嘘やその場限りのことを小十郎の前で言ったことなどない。心はとうに通じ合っていると思っていた。どうしようもなく恋うる気持ちを理解された上で今の状態があるのだと思っていた。それが刹那の言葉だと認識されていたのは、少なからず衝撃的であったのだ。
確かに年嵩の小十郎には無理をさせている。政宗の有り余った若い力は、たったひとりにぶつけるには重過ぎるし強すぎる。故に、小十郎はこんなことをやめようと言っているのだから。



「はぁ……start over againってことか」
双六と賽による上がり直前の罠にかかった気分でもう一度溜息をつけば、目の前の小十郎が理解しきれずに小首を傾げた。
「Ah…こっちの話だ、気にすんな。いや、結局のところはお前のことなんだからちったぁ気にして欲しいけどよ。――よし、決めた!」
「何をですか」
「小十郎、お前をオトす!」
「穴でも掘ったのですか」
「違え!お前を俺に陥落させてみせるって言ってンだよ!俺ばっかり馬鹿みたいに惚れてるのは我慢ならねえ。見てろ、ベタなのから奇抜なのまであらゆる手段を使って惚れさせてやるからな!」
言うが早いか、政宗はどたどたと部屋を出ていった。部屋には呆然とした小十郎が取り残される。

政宗の言葉が予想の範疇外すぎて、台詞を反芻するうちにゆるゆると小十郎の理解が追いついた。途端、顔が真っ赤に染まる。
あの歯の浮くような、刹那の言葉だと思っていてもむず痒い睦言を、あの若い主は心から言っていたのだと言う。頭を抱えたくなった。
「あんなこと言われたら惚れないわけにはいかないじゃないですか…」

難攻不落の智将が攻略されるまで幾日かかったか、それは彼等しか知りえないことである。






伝えてる攻めと伝わってない受け。
やることやってるのにすれ違ってるカプその2。