BASARA (三←)吉+官





ざり、ざり、と重い物を引き摺る音がする。この城でそんな音を立てる人物は一人しかいない故に、吉継は一瞥たりともしない。黙ったまま夜空を見上げていると、想定していた人物の声音が後方から響いた。
「お前さんはなんだってこんな時間にこんな場所にいるんだ」
「その言葉はぬしにこそ問いたいな、暗よ」
視線だけ振り向けば案の定、鉄球を引き摺る姿も慣れきった様子の官兵衛が居た。
「小生か?小生はなんだか眠れなくてな、城内を歩いてたらなんだか不穏な後ろ姿が見えてな」
想定範囲内の答えが返って来てひとつ溜め息をついたあと、吉継はまた夜空を見上げた。煌々と満ちた月が照っていて星が殆ど見えない夜空を。
「刑部はこんな晩でも星見か?」
「左様」
「見えるのかい」
「星見を無礼るでないわ。われに見えぬ星は無い」
昼の空でも曇天の空でも星を眺め先を見据えるのが吉継の仕事であり趣味でもある。
官兵衛は、そうかい、と言ったきり暫し黙った。しかし長いこと口を紡ぐのは性分ではないのか、まだ口を開く。
「前々から思ってたが、小生にはお前さんが泥を見つめているように思うね」
「…ぬしはそろそろ黒田馬鹿と改名すべきよなァ」
「三成にも似たようなことを言われたな」
はぁ、とひとつ溜め息をこぼしてから官兵衛は続ける。
「星見の才があるのに刑部は不幸の星とやらが降るのをずっと待ってる訳だろう?だったら幸運<ツキ>の星を掴もうとしてる小生の方がずっと上を見ているんじゃないか」
そう言って空を見上げた官兵衛の瞳は、前髪に隠れているにも関わらず不思議に輝いているように見えて、吉継はひどく不愉快だった。
「暗ごときが何を言う」
「フン、小生は知性派だからな。お前さんが見えないことだって見えてるんだよ」
その『智』を隠そうともしないから暗は暗なのだ、と吉継は思う。吉継は官兵衛の智を認めてはいる。そうでなければ枷をつけて穴倉に押し込めたりはしない。存在を消したいのなら常に最前線に配置し死ぬのを待つだけで良いのだから。
「小生にはな、お前さんの眼が夜空に輝く星じゃあなくて泥の海に沈んだ月しか見えてないように思えるのさ」
「……?」
「分からないならそれでいいさ。別に刑部に助言をしたいわけじゃないんでね」
官兵衛が珍しく真面目に何事か言ったと思ったら、その口からふわぁと間の抜けた欠伸が聞こえて吉継は呆れた。
「刑部と喋ってると疲れるな。小生はもう寝るが、お前さんもあんまり夜更かしするんじゃないぞ。刑部の;具合が悪いとどっかの凶王さんがうるさいんでな」
「左様か。ぬしもさっさとその小五月蠅い口を閉じてさっさと息絶えるがよいわ」
「残念ながら小生は凶運も強いが強運も強いんだ。そんな簡単に死んでたまるか」
ケッと吐き捨てるように言いながら、官兵衛はまた、ざり、ざり、と音を立ててねぐらへ帰っていった。

吉継はまた夜空を見上げた。
さきほどまでの星見では、石田軍の行く末は「良くもないが悪くもなし」という結果が出ていた。
しかし今見る夜空は、月が煌々と照るばかりでひとつも星は見えなかった。






『不滅の詩』の「二人の男が鉄格子の窓から外を眺めた。一人は泥を見た。一人は星を見た。」というのが凄く慧眼対極の二人に思えてならなかったので。
あと、占い師な刑部を推していき隊。