BASARA 政(→小?)
※戦国設定ながらも怪談風味パロかもしれない





己の前立てや腹心の背中に掲げている通り、政宗は月を好いている。しかし月を直接愛でるということはあまりしない、と言えば双竜を知っている者ならば驚くだろう。
政宗は夜にしては明るい庭を見、夜空を見、眉を顰めた。
「ああ、今晩は満月だったか」
望月の欠けたることもなしと思へば、なんて歌もあるが、欠けているくらいがちょうどいいと政宗は思っている。それ故の『三日月』の前立てと『半月』の陣羽織であるが、理由はそれ以外にもあった。


ひたひたと足音がして止まった後、障子の向こう、聞きなれた低く通る声が名乗った。
「小十郎にございます。酒をお持ちいたしました」
持ってこいと言った覚えは無い。しかし小十郎が気を利かせて命じてもないことをするのはよくあることだった。
だが、今宵が『満月』であることが気にかかって、政宗は一爪を手に取り障子を開けた。
そこには常通りに己が腹心が座していた。傍に酒と肴の用意もしてあるから、何の疑う余地もなく共に飲むための用意であったのかと思う。
「もちろんお前も縁側で飲むんだよな?」
「そのつもりでございましたが」
「……All right」
そのまま縁側に座すると、小十郎もそれに倣い右に座した。あまりにその動作が自然過ぎて、気にし過ぎなのかと、ちらと思ったが、しかし。
「小十郎、満月は好きか」
小十郎が差しだす猪口を受け取りながら問えば、小十郎は垂れた眦を不思議に釣られたような形に細めた。
「ええ、力が満たされていく心持ちがいたします」
瞬間、政宗は手にしていた一爪を抜きざま真横に払った。勢い余って障子まで斬り、がらがらと音がしたがそれは問題ではない。小十郎が居る場所に薙いだはずなのに、霞でも斬ったかのように感触がないことが一番の問題だった。
「I knew it. だろうと思ったぜ」
政宗の右にかの腹心の姿は疾うに無く、酒と肴の乗っていた盆すらも掻き消えている。庭の植え込みの一部ががさりと音を立てた気がしたが、その正体まで突き止める気はなかった。人の姿を取り眦が釣っていたのだから妖狐か何かの類だろう。
「次はもっと演技力を磨いてくるんだな!」
煽るように声を張れば、それに呼応するように植え込みがまたがさりと鳴った。



「月の光は、生物に力を与えるとも、生物を狂わせ死へ誘うとも申します」
「なんだそりゃァ、真逆じゃねえか」
「薬も過ぎれば毒となるという言葉もあります。それと同じこと」
「あんな綺麗なものも愛でちゃいけねえってのか」
「欠けたものならば力も薄いのですが、満月だけは決して長く見つめてはなりませぬ。いつしかそれが毒となり残った眼からも光を奪うことになりましょう」
幼い頃に小十郎にそう諭された。しかし駄目だと言われればしたくなるというのが子供の心理で、良く晴れた満月の夜に空をじっと見上げたことがあった。するとぎゅうと引き込まれるような感覚で目が離せなくなり、気付けば縁側から転げ落ちる寸前だった。その瞬間、月に魅入られて狂わされるということはこういうことなのだと悟ったのだった。

手で庇を作りながら、太陽を見上げるようにして政宗は月を見上げる。煌々と照る月は、成程霊力をもつ力を湛えてそうであった。魑魅魍魎や狐狸の類が活発になるのも頷ける話である。
そして左手を見下ろす。さっきまで猪口をもっていたはずなのに、盆と一緒に掻き消えてしまったのがなんとなく惜しい気がしていた。
刀を収め、暫し考えてから政宗は厨子へと向かった。
満月を見てはいけないからと言って、今晩は酒を飲んではいけないということはないだろう。先程の話を肴に、小十郎に聞かせたい気分だった。






夏だ!ホラーだ!妖怪だ!という勢いで書いたらなんか斜め下方に向かった。
ある種和風ファンタジーという共通点があるからか、東方を元にしてバサラを書くことが多い気がします。今回は永夜抄。