バサラ 佐小十佐





「小十郎、お前真田の忍びとデキてるだってな?」
主に呼びつけられて開口一番聞いた言葉がそれで、小十郎はきれいな背筋のままピシリと固まった。
「何か申し開きとか、無えのかよ」
「……腹を切る用意は出来ております」
たっぷり間をとってから目を伏せて言った言葉があまりにも予想通りだったものだから、政宗は溜め息を煙管の煙と共に吐いた。
「Not it again、誰もそんなこと求めちゃいねえよ。惚れた弱みに付け込まれたり、こっちの手の内を明かしたりとかはしてねえか?」
「それは、無論」
「まあウチの軍師様がそんなヘマする訳ねえか」
そう言って笑えば、小十郎は心なしかほっとした面持ちでつられるように笑った。幸い今は武田と伊達は同盟中だから、他国の者と通じていることが謀反や漏洩に直結することはない。しかしそれも「今は」の話だ。いくらでも情勢が変わるのが乱世というものである。
「俺は部下の心まで拘束するような暴君であるつもりはねえんだ」
そう言って、思案するように政宗はちらりと上を見遣ってから、にやりと笑った。
「ただな、お前が俺のものだってことを忘れなければそれでいい」
瞬間、小十郎が「何言ってんだこのお方は」とでも言いたげな顔をした。政宗の言葉に否やがある訳では、決してない。そんなことは『当たり前に存在する純然たる事実』であるからだ。
「そんな当たり前のことを何で今更、って思ってやがんな?」
「はぁ…」
「言葉にして初めて分かるものってのもあるだろ?ほら、お前も言ってみろ。Try me!」
政宗の意図するところをいまいち掴みかねる、というような顔をしたまま、特に異論もないので小十郎は頷いた。
「承知いたしました。――この小十郎は、爪先から髪の一筋まで全て、心身共に政宗様のものにございます。政宗様に背くことなど万に一つどころか億に一つもありませぬ」
「Good boy!それならあの野郎との恋仲を認めてやってもいいぜ」
「ありがたき幸せ」
「よし、用は済んだ。下がれ」
小十郎が深々と頭を下げてから退室した後、政宗は天井に向かって声をかけた。
「見てたんだろ、真田の忍び」
「……気付いてたんだ?」
言いながら迷彩に身を包んだ忍びは部屋の隅に足を下した。声音は気さくなようでいて、その眼は殺気でぎらぎらと輝いていた。
「そこまで気配撒き散らされて気付けないほど、俺も小十郎も鈍感じゃねえよ。大方、俺がキレて小十郎を叩っ斬らねえように見張ってたってとこか」
その言葉に佐助は肯定も否定もしない。
「じゃあ俺様が見てるの知ってて、あんなこと言わせたわけ?」
「That's right. たかが恋仲になったくらいでウチの副将は猿のもんだなんて勘違いされたら困るんでな」
「……惚れた人が大切にしてる人だから、ちょっとくらいは好きになってやろうかと思ったけど、やっぱりあんたのこと大嫌いだ」
「そりゃあ光栄だ!無関心でいられるよりよっぽどいい」
政宗が片頬を釣り上げるようにして愉快気に笑えば、佐助はいよいよ不愉快そうに顔を歪めて舌打ちをし、そのまま足元の影に溶けるようにして消えた。
政宗が「やっぱり面白え奴だな」と呟いた声は、幸か不幸か佐助に届かなかった。



自室に戻って座した小十郎の、すぐ横に佐助はしゅるりと這い出るように現れながら佐助は言う。
「なんで俺様が聞いてるって知っててそういうこと言うの」
そんな佐助の登場に小十郎は微塵も驚きはせず、その不満気な声音に怪訝に眉をひそめた。
「『そういうこと』って何だ」
「あんたの全部が独眼竜のものだってやつ」
「ああ、あれか。なんで、って言われても、俺は事実しか言ってねえんだが」
佐助が何に拗ねてるのか分からないと言いたげな小十郎に、佐助は溜め息をついた。
「あんた、朴念仁って言われたことない?」
「昔から言われるぜ。よく分かったな」
「誰でも分かるって。――あのさ、惚れた相手に『俺は別の誰かのもんだ』って宣言されて嫉妬しない奴が居ると思う?」
小十郎は暫し呆気にとられたあと、くくっと笑った。
「何がおかしいんだよ」
「悪い、つまんねえ悋気だなと思ってな」
「つまんねえ、って」
「俺の全てが政宗様のもんだってのと同じように、猿飛だっててめえの全ては真田のもんだろう?」
「……」
忠誠を誓う忍びというのは武士程は多くないながらも、代々真田家に仕える忍隊の長ともなればその一切合財は真田家のものなのは自明の理であった。
「俺はそんな融通の利かねえお前に惚れたんだ。お前は違うのか?」
小十郎が恥ずかしいことをさらりと言いながらあんまり柔らかく笑むから、佐助はそれを直視できずに俯いた。
「違わない、けど……事実と心情ってのは違うもんだろぉ」
「そういうもんか」
「そーそー」
「理解は出来ないが頭には入れておくぜ」
佐助は俯いたまま小十郎の肩に顔をうずめると、手慣れた様子で頭を撫でられた。幼子をあやすようなその仕草にもあの隻眼の男の影がちらついて、そんなところにまで嫉妬する自身の闇に嫌気がさした。
「なぁーんであんたみたいなのに惚れちまったんだろ」
「そりゃあお互い様だろう」
「そういうもん?」
「そうだ」
「なら、いいけど」
清廉潔白のような面をして忠臣らしく振舞っているこのひとにも、こんな澱のような闇を抱えてたりするのだろうか。そう考えれば自身の闇が少し溶け出たような心地がして、佐助はひとつ大きく息を吐いた。






蒼紅従者組はどーしようもなく主第一なところがある、というのがこの二人のカプにおいて外せないパーツのひとつだと思います。という概念の習作。
タイトル元ネタは都々逸の「あの方恋しや この方愛し 恋と愛とはちがうもの」