封神 聞仲+黒麒麟





「仮にお前より私が先に死ぬとして」
主が唐突に切り出した話題を黒麒麟は態度には出さずに驚き、無礼とは知りながら引き止めるように途中で制した。
「聞仲様」
その反応に聞仲は、ふっと笑う。
「何も今命を断つつもりなどない。仮定の話だ。戯れだと思って聞いてくれ。――お前より私が先に死ぬとして、お前はそのあとどうするつもりだ、黒麒麟」
それは塵ほども考えたことの無い『仮定』であった。霊獣というものはそもそも死ぬという概念を忘れがちなほどに長寿で、しかし黒麒麟は聞仲を護って死ぬと決めていたからだ。
思案し微動たりともしない黒麒麟を、聞仲はじっと見つめる。戯れの話をしているとは思えないほど、真摯に。
「そのような事が起こらないと思ってはいますが、そうですね――私は貴方の墓標となりましょう」
「墓標、か」
「人の身ならば殉死という手段もありますが、私にはそれができません。ならば貴方の魂が眠る場所を護り、この身が朽ちるまで共に在りたい」
「それは永劫の孤独を覚悟した上で、か」
「はい」
「私が主だと遠慮しなくてもいい。例えば、私を斃した者につくという選択をしてもいいんだ」
言う聞仲の表情は変わらない。だがその言葉で黒麒麟は聞仲の心中を察した。それだけの永い時間を共に過ごしてきた。
「聞仲様、人の心は移ろいやすいものです」
その言葉に聞仲の顔が僅かに強張る。
「――しかし私は人ではありません。私は、私を日の当たる場所に連れて来てくれた教主様でもなく、殷でもなく、貴方だけものです。これは誰にも動かせない信念なのです。それに、私は永劫貴方の魂の在る場所に居ることができるならば、それは孤独ではないと、そう思います」
「――そうか。ありがとう」
聞仲の表情が緩む。心を落ち着けたようなその顔を、ここ数ヶ月見かけなかったことに今更のように気づき、黒麒麟は精進が足りないなと言葉には出さずに思う。
「聞仲様、疲れてらっしゃるからそのような考えが出るのでしょう。どうぞ休息を。必要ならば外界を断絶できるこの身をお使いください」
「ああ、そうしよう。世話をかけるな」
執務室に静寂が訪れる。日が暮れかかっているからじきに聞仲の部下が書簡を運びにくるだろう。しかし外殻の中の静寂が破られることはない。目を覚まして心が癒えた聞仲が呼ぶまでは。そのときが来るまで、黒麒麟も暫しの休息をとることにした。







1年ほど拍手お礼になってました。
黒麒麟が聞仲を「中」に入れることができることに言い知れぬフェチズムを感じます。人間でないからこそできること・できないこと、みたいな。