封神 黒麒麟→聞仲





「道中寝るなよ?」
飛虎に背中を叩かれ、聞仲が軽くよろめく。矮躯でもない聞仲がたたらを踏むのは偏に酒精のせいである。彼らが酒宴というにはささやかな語らいを交わしていたのは先ほどまでのことだった。
「誰が、寝るか」
千鳥足ではないながらも頬も赤く口調がおぼつかないのは、やはりそれなりに酔いが回っているのだろう。こちらに向かってくる二人を見て、黒麒麟はそう思考する。私的な場での酒宴の際、聞仲の護衛兼送迎の役を担っているのは黒麒麟のみである。
また少し語らった後、飛虎が黒麒麟の甲殻をぺちぺちと叩く。妙に子供じみた仕草は、これもまた酒精のせいであろう。聞仲とは違いそれなりに酒に強い飛虎がそうなるとは、今宵はよほど興が乗ったらしい。
「黒麒麟、聞仲を頼んだぞ!途中で落とさねえようにな」
「了解いたしました」
「だから落ちないといっているだろう!黒麒麟も飛虎の戯言に耳を貸すな」
幾分むくれたような聞仲の表情は普段では絶対見られない希少なもので、黒麒麟は言葉には出さず大いに驚く。しかし当人はそれには全く気付かないままその霊獣に跨った。
そして軽く別れの挨拶を述べ終わったのを聞いた後、黒麒麟はふわりと飛び立った。常よりは幾分速度を落として。



「今宵はお楽しみだったようで」
「ああ、そうだな」
聞仲の語気は明るい。黒麒麟からは背に居る彼の表情は窺えないが、それでも穏やかな笑みを浮かべているであろうことは容易に想像がついた。それが何故か僅かに心に刺さる。主の喜びは従の喜びであるべきだと分かっているのに。抱いた感情は名状しがたく、その違和感に黒麒麟は押し黙った。
「どうした、黒麒麟」
「なにがですか」
「いや、いつも以上に無口だと思ったのだが、私の気のせいならそれでいい」
己ですら分かっていない心の揺れに気付くとは本当に聡い人だ、と思いながら言い訳じみたように吐露する。
「おこがましいのを承知で申し上げますと……、貴方と一番長く傍に居て一番信頼を得ているのは私だと思っていましたので」
「その通りだが」
「は」
「お前の忠義に信頼という形で応えていたつもりだったが、違ったか」
そう言って、聞仲は黒麒麟の背中を小突いた。
「私は、お前が傍にいてくれなければ武器を手放さないし、信頼してなければお前に預けることもしない」
小突いた背甲のすぐ下には禁鞭が格納されている。人間どころか並の仙人すら触れるだけで死に至らしめるそれは、酒乱の気のある聞仲に持たせるにはあまりに危険なために、酒宴のときには黒麒麟が預かることになっていた。
「それで不十分だというなら……、禄でも渡そうか?」
「いえ、私は聞仲様の傍に居られるだけで」
「そうか、欲の無いことだ」

背中でくつくつと笑う声を聞きながら、黒麒麟はまだ名状しがたい感情を持て余していた。
敬愛する主が一番の信頼を置いてくれている。それはこの上ない喜びであるはずなのに、これ以上何を求めようとしているのだろうか。
飛虎の前でだけ見せていた初めて知る表情を反芻しかけて、止める。
きっとこれは、深く考えてはいけない、知ってはいけない感情なのだ。






1年ほど拍手お礼になってたブツです。
VS十二仙〜夕焼けまでの黒麒麟の献身っぷりがほんとにガチで好きなのです。完全で瀟洒な従者。
あれだけ傍に居たのに聞仲は「私は孤独だ」と思い込んでしまったあたりもミソだと思います。