ヘタリア ギルッツ





ドイツという男は、勿論仕事の上司・軍の指揮官としては、理性的で厳しく振る舞う厳格な男である。
更に言うと、他国からの評価のひとつとして「威圧感がある」と言われることも多い。その恐ろしさときたら、旅先の露天商に笑顔で挨拶したのに泣かれるほどだ。
しかし、どういうわけか、国内ではそう思われないことがしばしばある。

たとえばプロイセンをはじめとする州の兄たちからは、これだけ大きく筋肉質になった現在でさえ「愛すべき俺たちの末弟」「かわいいルートヴィッヒ少年」という扱いをうけ、成人男性相手にしてるとは思えないほどやたらめったら甘やかされる。その扱いに憮然とした顔で眉根をしかめても、兄たちにはかわいい弟が拗ねてるようにしか見えないらしい。
そしてそう育ってきたために、彼には少し苦手なことがあった。



地方の町おこしの祭りに視察として見に行ったドイツは、むすっとした少女にスラックスを掴まれていた。年のころは3〜5歳ほどか。きっと迷子なのだろう。
一緒に出張に来ていたプロイセンと一緒に、「この試みはいい」「ここはもっと改善の余地がある」などと話し込んでいたら、いつの間にか少女はそこにいて、先にそれに気づいた兄に指摘されて心底驚いたのだ。
「お前、ほんとちっちゃい子供になつかれるよなあ」
「国内に限り、だがな」
「やっぱ本能でお前がこいつらのムッティだって分かんのかね」
「せめてファーティと言え!――はあ、子供の扱いには慣れてないというのに」
困り果てるドイツを見て笑うプロイセンは、じゃあ俺が、と屈んで少女に視線を合わせた。
「よお、フロイライン。名前、言えるか?ムッティとはぐれちまったのか?」
彼にしては爽やかににっと笑ってそう訊ねたが、少女はドイツの脚を盾にするようにして黙って後ろに隠れてしまった。
「やっぱ俺じゃダメか」
「そのようだな……」
「んー、じゃあ俺ちょっとこの子探してそうな親探してくるわ。いたら本部まで誘導するから、お前はその子連れてまっすぐ本部行け。」
「分かった」
そう言って早足に駆けていく兄の背を見送りながら、ドイツはひとつため息をつく。子供は決して嫌いではない。未来の自分を担う大事な宝だというのもわかっている。ただ、不慣れなのだ。

脚を掴んでいる小さな手をそっとはずそうとすれば、案外とあっさりと離れドイツは少女と手をつなぐ形になった。そのまま、先ほどプロイセンがしていたように少女と視線を合わせるようにかがんで、同じように訊ねる。
「初めましてフロイライン、名前を聞かせてくれないだろうか」
その言葉には沈黙を返す少女は、しかし逃げるようなそぶりは見せない。素性もわからないまま本部まで送り届けるしかないようだ。
「そうか……。では、失礼して」
繋いでいた手はそっとほどいて、膝の裏をすくうようにしてだっこし、立ち上がる。
するといきなり視線が高くなった少女は小さく悲鳴をあげた。
「すまない、君の手を引いたままだと慎重や歩幅が合わなくてな」
その言い分は理解したのか、少女はそれ以上ひどく泣くことはなかったが、ドイツの首筋にしがみついたままぐずっていた。
こういうときはどうすればよいのだったか。子供を落ち着かせるには。
昔の記憶をさかのぼってドイツは思考する。悪夢を見て夜中に目が覚めてしまったとき、再び眠るのが怖くてこういう風にぐずったことがあったのを思い出した。あのとき兄はなにをしてくれていただろうか。
「―――♪」
小さく低くゆっくりと、しかしたどたどしくドイツは歌う。抱えた少女の背中をぽんぽんとあやすように軽くたたきながら、本部の方に足を進めた。
少女の涙声がだんだん小さく穏やかになっていくのを聞いて、内心ひどくほっとしながら歌い続ける。
「―――♪―――♪」
あまり早足だと怖がるだろうからとゆっくり歩いていたからか、本部に着いたときにはすでに兄と少女の母親らしき女性が待っていた。
「おせーよ、ヴェスト」
「子供の相手は不慣れだと前から言っているだろう、しょうがないんだ」
「不慣れって割りには、寝かしつけに成功してるみてーだけど?」
「えっ」
だっこしていた少女を横抱きに抱え直すと、たしかにさっきまでぐずっていた彼女はすやすやと眠っていた。
その様子に一番驚いていたのは少女の母親だった。曰く、この少女はおとなしくひどい人見知りで滅多に母親から離れようとしない子だそうだ。
「だから離れることなんてないと思っていたのに下の子をあやしていたらどこかにいってしまってて……この子がご迷惑おかけしました」
「いや、たいしたことはしていない。なぜか俺は子供に好かれやすいようだから、ついてきてしまったのだろう。気にしないでほしい」
すまなそうにする母親にそう言うドイツを見、プロイセンはにやにや笑いながらも口は出さなかった。
眠ってしまった少女をだっこしてベビーカーを引いて去る母親を見送って、二人は視察に戻ることにした。


少ししてからプロイセンは言う。
「ヴェストの子守歌で寝るなんて、あのフロイラインに随分な贅沢しちまったな?」
その言葉にぎょっとしてドイツは足を止める。
「小声のつもりだったんだが、聞こえていたのか」
「いーや?ヴェストがこっちに着く前に俺がお前見つけてよ、口の動きでなんか歌ってんだなってわかった」
「その洞察力、もっと別のことに使ったらどうだ」
「興味のあるもんにしか使えねえから無理だな!で、なに歌ってたんだ?」
「……きらきら星だ」
「昔お前によく歌ってやったやつだな」
「子供のあやしかたなんて、兄さんを手本にするしかないんだ。しょうがないだろう」
「なんだよ拗ねんなよ!お前が俺のまねしてんのうれしいんだからよ!」
どこか得意げににやにやするプロイセンに、照れなのか恥ずかしいのかドイツはむすっとする。
その憮然としたドイツの肩にプロイセンは腕を回してささやくように言う。
「なあ、今晩俺にも子守歌歌ってくれよ」
「……なんだって?!そんな歳じゃないだろう!」
「いーじゃねーか!お前の声聞きながら寝てみてーんだよ。絶対いい夢見れる自信があるぜ」
「そんな自信は投げ捨ててしまえ」
「無理だな」
「即答か」
「あったりまえだろ!それともなんだ、名前もわかんないフロイラインにできて大事なお兄さまにはできないってのか?」
ちぇっちぇーと口をとがらせるのを見て、ドイツはようやくその言動がささやかな嫉妬からくるものなのだと気づいた。
「しょうがないな。今日だけだぞ」
「やったぜ!」
「その場合、俺は兄さんと何もせず共寝だけして帰ればいいのか?それとも一緒に寝ればいいか?」
言われて初めてそこに思い当たったプロイセンは「あっ」といって立ち止まった。
「え、えー、うわ、どうしよ。ちょっと待って考えるから!」
愛する弟と肌を重ねたい気持ちと、愛する弟の声を聞きながら眠りたい気持ちの狭間で悩む兄を見、ドイツはくすくす笑う。
ドイツにしてみればどっちでもいいのだ。ただ、あの迷子の少女のおかげで、いつも無茶ぶりをしてくる兄をからかうきっかけが出来たことにはすこしだけ感謝していた。







あなたは『小さい子をあやすためにたどたどしく童謡を歌う』ルッツのことを妄想してみてください。
https://shindanmaker.com/450823
という診断から。
18.10.31まで拍手お礼だったものです
欲求を素直に言うイタちゃんみたいなタイプは甘やかせるけど、子供の相手はとんと苦手などいちゅさん可愛いと思う。