ヘタリア ギルッツ





Side:L

ゆっくりと意識が浮上する。
こんなにも頭がすっきりした目覚めは随分と久しぶりで、数秒ぼうっとしてから俺はがばっと起き上がった。期限の迫った仕事を抱えていたのを思い出したからだ。
起き上がった拍子に瞼の上に乗っていた濡れタオルが、横になっていたソファの端にぱたりと落ち、視界がクリアになる。いつのまにか随分と日は暮れていたようで、西日で赤く染まる部屋の中で机に向かった兄さんが書類に視線を落としていた。
気配に気づいたのかその視線は、ちら、とこちらに向き、真剣だった目元が穏やかになる。
「よ、おはよ。って時間でもねえけどな?」
「おはよう……?兄さん、それ」
「お前が半分寝ながら読んでた書類。追いついてねえみたいだったから、一応俺が全部確認してみたぜ。修正が要りそうなとこは付箋貼っといた」
「えっ!ああ、ありがとう。俺の仕事だったのに」
現役を退いた兄に手間をかけさせたことが情けなくてそう言うと、兄の目元が再び険しくなる。
「大事な弟がしんどそうにしてるの黙って見過ごすほど、俺様薄情なつもりねーんだけど?」
「そ、そういうつもりじゃあ……」
「分かってる。俺がやりたくてやってんの。なあ、キツかったら倒れる前にちゃんと他のやつらに頼れって。俺でも他の兄貴でも部下でもいいからさぁ」
「分かっては、いるんだが……」
すると兄さんはソファまで来て俺の隣に座り、頭を抱き寄せてがしがしと撫でた。
「ほんとお前甘え下手だよなあ!ちょーっと俺の方から積極的に甘やかしすぎたか?」
「知らん。生まれ持った性分じゃないか」
「まあ俺様はかわいい弟のこと甘やかしたいからいいんだけどよ」
兄さんの腕の温かさを感じながら、撫でられるままに少しだけ体重を預けて寄りかかる。

俺が弟である限り、兄さんはきっとずっと優しいんだろう。だから、俺がもし『弟』を逸脱してしまったら、と考えるのがひどくおそろしい。
このぬるま湯のような愛を手放すことだけが怖くて、俺はこのやさしい人に好きだと告げられずにいる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

side:G

しばらく俺に撫でられるままになっていたヴェストは、あ、と声を上げて身体を起こした。
「そうだ、今日は俺が夕食当番だったな」
そういって家事にとりかかろうと立ち上がる。昼間から居眠りするほど疲れているのに。
「まてまて、今日は俺様がやっといてやるよ」
「でも、仕事手伝ってもらったのに」
「俺が好きでやったんだから気にすんなよ!それより、でかいのたち構ってやってくれよ。最近お前が遊んでやらねえから寂しそうにしてんぞ」
そう言うと、ヴェストはくるりと目を丸くしてから口元をゆるませて笑った。
「ではお言葉に甘えてブラッキーたちを構ってこよう」



犬たちと遊ぶことで随分とリフレッシュできたらしいヴェストは、昼間の疲れなんか吹き飛んだようでにこにこと夕食の席についた。
「今日はありがとう、兄さん」
「もー!何度言うんだよ!いくらでも頼れって何度も言ってんだろー」
「俺は、本当に兄さんの支えがないとやっていけない気がするな。まったく、一人でいたときはどうしていたんだか……」
ぴく、と自分の表情がこわばったのがわかる。それは俺たちが離れていた時の話だ。
「……どうしてたんだ?」
「そうだな、確かあのときはアメリカがよく助けてくれていたような」
「へえ」
思ったよりも冷たい声が出て自分でも驚く。それを慌てて取り繕って、にっと笑ってみせた。
「あいつも、まあ無鉄砲だけどイイ奴だよな」
「そうだな。だが、よく困らされもしたぞ。俺はやっぱりあいつとサシで組むには向かないようだ」
「ケセセ!じゃあ俺様がちゃあんと弟のサポートとしてついてないとな!」
するとヴェストは困ったような悲しそうな顔をちらりとだけみせた。いつもあいつのことを見ていないと気づかないほどのささやかさで。
「どうした」
「いや……」
「大事な弟を甘やかさせるのも兄貴孝行だと思っておけって。ずっとついててやる気満々なんだからよ」
「なら、いいんだが」
ヴェストがほっとしたような笑顔をみせてくれたことで、この会話は終了した。



おやすみを言って、それぞれに部屋に戻る。
ベッドに勢いよくダイブして俺は自己嫌悪に陥った。
何が兄貴だ。何が弟だ。そんな家族愛なんか、とっくの昔に逸脱してるくせに。
支えてやりたいなんて欺瞞だ。とろとろに甘やかして依存させて、離れられないようにしたいだけだ。
いつからかも忘れたずっと前から、誰よりも大事な弟に対して歪んだ愛しかたをしてしまっている。優しさの裏で、信頼して寄りかかってくる弟のその身体を暴いてやりたいという欲望を隠している。
俺がそんな意味で愛していると言えば、やさしいあいつのことだから無理をしてでもそれに応えてくれようとするだろう。でも強欲な俺はきっと満足できない。心も身体も思考も興味もほしくなる。
でも、ヴェストを困らせたいわけでも害したいわけでもない。俺の愛が爆発的で暴力的なだけなんだ。
だから明日も明後日もこれからもずっと、俺は優しい兄の仮面を被り続ける。







18.10.31まで拍手お礼としておいていたものです。
ギルッツコピペbotより「俺が好きだと告げるまで、兄さんはきっとずっと優しいんだろう」が性癖に突き刺さりすぎて妄想が爆発した結果でした。
どいつさんの愛は「一緒にいたい・離れたくない」の比重が大きいけど、兄さんの愛は「俺だけのものにしたい・誰にも渡したくない」の比重が大きい気がしています。