ジョジョ3部 アヴポル
※生存パラレル・同棲設定です




最後の1ページを読み終え、ふう、とアヴドゥルは大きく息をつく。久々に没頭できるような書物だった。こういうときは外部からの情報をほぼ全てシャットアウトしてしまうために少しタイムスリップした気分を味わうが、このときも例外ではなく、窓からは西日が差し何時の間にか家の中から物音が消えている。
「ポルナレフ…?」
薄暗くなっている部屋に明かりをつけながら同居人兼恋人を呼ぶが、居ないのはほぼ確定的だった。外出すると言っていただろうか。もしそうだとしても聞こえる状況ではなかったのだが。
鍵も財布もテーブルの上に出しっぱなしにしてあるのを見、そう遠くに行ってはいないと推測してアヴドゥルは探しに出かける。ポルナレフが昼間と同じ格好をしているのだったらきっとここ数日の昼夕の寒暖差を考えていないに決まっているからだ。
「我ながら、過保護だな」
上着を2人分抱えながらアヴドゥルは呟く。それでも判断を変える気にはならなかった。
ドアを開ければ秋の花の甘い匂いがふわりと香った。



ポルナレフはさほど時間を置かずに見つかった。家の近くの花畑で座り込んでいるのは遠くからでも目立った。
「外出するなら書き置きくらいしていけ」
「そんな長居するつもりなかったから、別にいいかと思って」
言いながらポルナレフは手元にあったものを掲げて見せる。それは綺麗に編まれた花冠だった。
「ほう、上手いじゃないか。意外だ」
「この時期になるとさ、シェリーによく作ってやってた。随分昔のことなのにすげえ鮮明に思い出して、ふらっと来ちまった」
数年間の放浪は故郷の匂いとそれに連なる思い出をより克明にしたのだろう。フランスより季節感の薄いエジプトで生まれ育ち世界各地を転々としてきたアヴドゥルは『故郷の季節の匂い』という感覚が薄い。そういう思い出を持っているポルナレフを少し羨ましく思うと同時に、今はもう無いものを無意識に求める姿は寂しげに見えた。
「結構覚えてるもんだな、こういうの。あのときと手の大きさ変わってんのに。――アヴドゥル」
ポルナレフが手招きし、アヴドゥルがその隣にかがむと花冠が乗せられた。
「うっわ、似合わねえ」
自分でやっておいてポルナレフはけらけらと笑っている。憮然とした顔でアヴドゥルは近くに生えていた花を一輪摘んで、ポルナレフの薬指に強引に巻きつけた。即興の指輪だった。
「なるほど、似合わないな」
「うわー…うわー…、はっずかしい奴!」
「生憎花冠の作り方は知らないからな」
「教えてやるよ」
「結構だ。じき日が暮れて寒くなる。帰るぞ」
上着を片方頭からかぶせてやれば、気がきくぅと篭った声がした。



沈みかけた夕日が照らす小道を二人で歩く。
「記憶って、怖えよな」
ポルナレフがぽつりと呟いた言葉は静かな田舎道に響いて聞こえた。
「分かってるぜ、らしくねえってだろ!少しくらい感傷に浸ったっていいじゃねえか」
「別に誰も言ってないだろ、そんなこと。記憶が、何だって?」
「……昔と変わらない同じ景色の中でさ、同じ匂いにつつまれて同じことしてたら、色々思い出した。あのとき何した、とか、どんなこと喋った、とか、すげえくだらないこと。でももう戻ってこないんだと思ったら……情けねえけど、泣けてきてさ。なんか、幸せを覚えるのが、思い出すのが、怖い」
言い切ってからポルナレフは、あーやだやだホントらしくねーよ、と騒ぎ出す。その頭をアヴドゥルはポンとはたいた。
「なんだよ!」
「なんでお前は、『幸せ』は『失う』ものだと思ってるんだ」
「……言ったか?そんなこと」
「覚えるのが怖いということは、失ったと認識することが怖いと思っているんだ。違うか」
「わかんねえ」
「例えば、――お前は私と暮らしていて幸せか?」
「当たり前だろ!」
「だったら私はずっとお前と一緒に居よう。何年でも何十年でも、ずっと。そうしたら、幸せは失うものじゃないと分かるだろう?」
「…ほんっと恥ずかしい奴だな!」
「言うな。私だって恥ずかしい」
「自分で言い出したくせに!でも、……Merci」
二人の向かう先に、明かりの灯る家がある。それもまたひとつの幸せの形なのだろう。






1年ほど拍手お礼として鎮座してたブツです。
ポルナレフの中でシェリーがどれだけ大きな存在だったかを考えると胸熱。