BW インノボ

※エメクダもデキてる
※うちのインゴさんはエメットくんの前でだけ素(ヤンキー)の口調





ばたばたとせわしない足音が近づき、ノックもなしにドアが開く。
「ちょっとインゴ!なんで言ってくれなかったの!」
オノノクスに抱き付きながら幸せな午睡にまどろんでいたのを無粋な弟に無理やり起され、インゴは低く唸った。
「……死ねエメット」
「驚くぐらい捻りのない罵倒だね。いや、そんなことはどうでもよくて」
「どうでもよくねえよ。寝かせろ」
「ノボリと付き合ってるって、なんで言ってくれなかったの!」
ノボリという名前に、再び眠りに落ちかけていたインゴの意識が少しばかり浮上した。
「ノボリさまがどうかしたか」
「インゴ、付き合ってるって」
「まあな」
「ボクさっきクダリから聞いて初めて知ったんだけど!」
「言ってねえからな」
「なんで、いつから」
「あー……お前たちが付き合いだしてちょっとした頃から?」
「結構前じゃん!ボクだけ知らなかったの?!恥ずかしい!」
「テメーの兄貴の恋愛事情とか別にどうでもいいだろうが」
「どうでもよくないよ!」
ついさっき同じようなやりとりをした、と二人して首を傾げ、数瞬の後、続ける。
「だってさー、もろに恋愛不適合者の"あの"インゴがさぁ、まさか同性の恋人作るとは思わないじゃない。ああ、ってことは、告白はノボリから?」
「……よくわからん」
「……?」
「なりゆきで付き合いだしたようなもんだからな」
「僕たちのお兄ちゃんが!いつの間にか爛れた関係に!」
「なってねえよ!!ヤリチンのてめえと一緒にすんな」
「今はクダリ一筋ですぅー」
「はいはいノロケは結構。話終わったんならさっさと出てけ。俺は寝るんだ。――お前はほんと一度寝付いたら起きねえよなあ、『いじっぱり』じゃなくて『ずぶとい』の間違いじゃねえか?」
後半は傍らのオノノクスに向かって喋ったインゴは、本当に寝る体勢に入った。
「じゃ、真っ昼間だけどおやすみ、インゴ。――あ、ひとつ言うの忘れてた。恋人同士ならノボリのこと呼び捨ててあげたらどうかな。インゴとの距離がなかなか縮まらないってノボリが嘆いてたってさ」
「一番大事なこと言い忘れてんじゃねえよクソが」
扉の向こうに消えていく弟の後ろ姿にそう吐き捨てながらも、インゴはそのことを心のメモ帳にしっかりと書き留めておいた。



心に書き留めたメモというものは大抵無意識の底に沈んでしまうものだけども、インゴがそれを拾い上げることができたのは偏にそれが他ならぬ恋人に関するものであったからだ。興味のないことは即刻忘れるが、好きなものに関することはしっかり覚えているのがインゴという男の特徴だった。
「おはようございます、インゴさま」
にこやかに挨拶をするノボリを見た瞬間、エメットが言った情報を思い出し、笑顔を浮かべて――インゴをよく知ったひとにしか認識できないほどに微かなものだが――応えた。
「おはようございます、ノボリ」
不自然なくらいの沈黙が落ち、その違和感にインゴが首を傾げた直後、ノボリの顔が一瞬で真っ赤になった。
「え!?わ、ひゃ?!」
面白いくらいに狼狽えるノボリに、インゴもつられるように狼狽える。
「どうされましたか、ノボリ!風邪ですか!」
「わわわた私はいたって健康ですけども!むしろインゴさまが」
「ワタクシも健康そのものですが……」
妙な聞き返され方をして、インゴはまた首を傾げる。
なんとなくこんな仕草をしてばかりな気がしたが、それは意識の隅に置いておいて、しばし考えた。
「……ワタクシに呼び捨てをしてほしいのではなかったのですか」
「……?そのようなことを言った覚えはありませんが」
インゴは瞬時にエメットとの会話を脳内に呼び起こす。
『恋人同士ならノボリのこと呼び捨ててあげたらどうかな。インゴとの距離がなかなか縮まらないってノボリが嘆いてたってさ』
寝ぼけた頭では「呼び捨てこそがノボリの望み」と単純な方程式が成立していたが、改めて思い起こせば、ノボリの望みは「距離を縮めること」であり、その手段に関してはエメットの主観によるものであったと気づいた。
インゴの額にビキリと血管が浮く。クソエメットあとでシメる、と小さくつぶやいた言葉は幸いなことにノボリには聞かれなかった。
「さようですか。それは失礼いたしました、ノボリさま」
「いえ、あの……」
「はい、なんでしょう?」
「いきなりだからびっくりしてしまっただけで、その、決して嫌ではありませんでした」
「……?」
インゴは意図を理解しきれずに戸惑う。呼び捨ては「エメットが考えた距離の縮め方」ではないか。
「もう一回、名前を呼んでいただけませんか」
頬を赤らめながらもきらきらした瞳で乞われ、インゴは一瞬怯んだ。初めに呼び捨てしたときは、何の気負いもなく故郷と同じ意識のままの呼び方をしただけだが、改めて頼まれると何かを期待されているように感じた。だから、精一杯丁寧に声音を作って、名前を口にする。
「――ノボリ」
途端、ノボリの顔が再び真っ赤に染まり、そしてインゴの視界から消え、胴に衝撃が走った。勢いよく抱きつかれたことに気づいたのはその数瞬後だった。
「どうされましたか、ノボリ」
「やっぱり呼び捨てはやめにしましょう。呼ばれるたびにこんなに照れてしまっては仕事になりません」
「そうですか」
「なので、それは二人きりのときだけにしてくださいまし」
「……了解いたしました」
今度はインゴが頬を染める番だった。『二人きり』という方が『恋人として』と言われてるような気がして(実際その通りなのだが)、よほど気恥ずかしかった。
「インゴさま、わがままついでにもうひとつおねだりしてもよろしいでしょうか」
「ワタクシにできる範囲なら、どうぞ」
「ありがとうございます。あの、インゴさまの素の言葉は敬語ではないと伺いました。なので、恋人である私の前でも是非自然体で接してしただきたいのです。どうでしょうか……?」
クソエメット後でぶっとばす、とインゴは再び口の中でだけ呟いた。
インゴはかつて一匹狼の不良をやっていたことがあり、生来の気質もそちらに近いが、素を出すのは弟の前だけだ。その部分をノボリにリークするのはエメット以外にありえない。
しかし、いかな恋人の頼みといえど聞けるものと聞けないものがある。古臭いと言われるかもしれないが、大切な人の前では英国紳士然としたいとインゴは思っていた。
「…………」
「だめ、ですか……?」
「駄目ではないのですが、今のところは不可能、です」
「今のところは?」
「ワタクシはこちらの言葉を敬語でしか喋れないのです。――ああ、エメットとは比較しないでくださいませ。奴とは頭の出来が違うのです」
「そう……ですか……」
見るからに落胆した面持ちで俯くノボリを、インゴは少しばかりの罪悪感を抱きながら見つめる。
そしてしばしの後、ばっと顔を挙げたノボリにインゴは一歩あとずさった。
「ということは、私が英語を完璧に聞き取れるようになればいいのですね!」
「え?」
「英語でならエメットさまと何の気負いもなく喋れるのでしょう?だとしたら、私がその舞台に立てるまでの技量を見につければ私は『素』のインゴさまと触れ合えるのですよね!」
「確かにそうなのですが……それはちょっと待っていただけませんか」
「何故です?」
「ええっと……」
インゴは言いあぐねる。
エメットがクダリに似た口調になったのは、エメットがクダリの口上を繰り返し聞き、本人ともべったり過ごした結果なのを、インゴは知っている。そしてその逆がノボリにも当てはまるのではないかということを危惧していた。
正直なところ、口の悪い自分と同じ喋り方をするノボリを想像できないし、見たくもなかった。
ただそれを上手く言い表すことができない。あまり勉強の得意でないインゴが、こちらの言葉をこのレベルまで引き上げたことだけでも一苦労だったため、あまり語彙は豊富ではないからだ。
悩んだ結果、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。
「ワタクシのスラング交じりの英語を、わざわざノボリさまに聞かせたくないのです。それに、ノボリさまに釣り合うようないい男でありたいのです。くだらないと思われるかもしれませんが、好きな人の前ではかっこつけたいというワタクシの我儘を、どうかきいていただけませんか」
暫しの沈黙の後、ノボリはふぅと大きく息を吐いた。
「インゴさまはずるいです」
「ワタクシはずるい言われるほど卑怯な言い方をしましたか」
「ずるい=卑怯、ではないですよ。ただ、インゴ様自身も『お兄ちゃん』なのに、『お兄ちゃん』への甘え方を心得てらっしゃるのが、どうにもずるいと申してみたくなりまして」
「はぁ」
「無自覚なのがまた、たちが悪い。――ええ、いいでしょう。了解いたしました。でも、いつかはありのままのインゴ様を見せてくださいまし」
承知しながらも食い下がるノボリにインゴは一つ苦笑して、最近覚えたあいまいな言い回しを使った。
「善処いたします」






15/10/31まで拍手お礼にしてました。
自分が書くエメクダのエメットくんは「なりふりかまわず」感を割と強調してますが、対照的にインノボのインゴさんは「かっこつけしい」のイメージがあります。
ついでにいうと、「善処します」=NO(@ヘタリア)