刀剣乱舞 にか石かり+今岩

※ 青江と今剣出ません
※ 伝聞状態でのみ男審神者が出ます





岩融が上物の酒を手に大太刀部屋に向かうと、廊下の向こうからなにやら話し声が聞こえた。
だからといって特に気配も消さず足も緩めず向かえば、「良い返事を期待しているよ」という言葉だけはっきりと聞き取れ、話していた片方が去ったような足音が聞こえた。
角を曲がった先には、石切丸がひとりで縁側に腰掛けている。そしてぼうっとしたような顔のままこちらを振り向き、「ああ、岩融か」と呟いた。
何やら様子がおかしいなと思いながら岩融は問う。
「次郎太刀は居るか?」
「いや、夕方頃に遠征に行ったよ。帰ってくるのは明日の深夜か明後日と言っていたかな。彼になにか用事かい?」
「誉の褒美に良い酒を貰ったのでな、一緒に飲もうかと思ったのだが、そうか明後日か……」
そこで岩融は暫し思案する。
「ならば石切丸、酒に付き合え」
「私でいいのかい?」
「口はすっかり飲む準備が出来てるから我慢したくはない、かといって一人酒も味気ないからな」
「そういうことはあるね。では御相伴にあずかろうか。丁度先日次郎から詫びのしるしにもらった酒とつまみがあるんだ」
そう言いながら石切丸は部屋の中に入って、件の酒や他に要るものを探し始めた。
「詫び?何かあったのか」
「それは呑みながら話すよ。――器は盃でいいかい」
「ああ、それで頼む。猪口ではうっかり握りつぶしてしまうからな!」
「だろうと思ったよ」
二つの盃と乾物と酒を手に縁側に戻って来た石切丸は、岩融の隣に座る。
同じ三条派ということもあって酒宴で近くの席にいることはそれなりにあったが、こうやって個人的に呑むことはあまりなかったな、と岩融はそのとき気付いた。



始めに言っていた次郎太刀に「詫び」の話や(酔った次郎が躓いて祈祷部屋の扉を壊したとかいう話だった)、戦の話や、この本丸にいる仲間のいろいろな話を、盃を進めつつ語った。そこで岩融が先刻までここに居たらしい彼の話をしようと思い立ったのは、単にここに来る前に聞こえた断片的な会話の内容が気になったからである。
「そういえば石切丸、おぬし最近青江と仲が良いな。何かあったのか」
瞬間、盃を傾けかけていた石切丸がぶっと吹き出し、その過剰な反応に岩融は瞠目した。
「なな、なんでそこで彼の話が出てくるんだい!」
「そこまで狼狽えられるとは思わなんだ。――二人で話しているのをよく見かけるし、先程も一緒に居っただろう」
眉根を顰めつつ言えば、石切丸は顔を青くしたり赤くしたりと忙しくした。これは何か尋常でないことがあったのだと誰でも分かるような有様だった。
「えっと……何か、聞いたかい」
「『良い返事』がどうこうということしか聞いてはおらん」
「そうか……」
そう言って石切丸は何か思い悩んだような顔でしばらく黙りこくってから、あたりをぐるりと見回した。何か言いにくい話をしたがっているのだと気づいた岩融は、同じように周囲の気配をさぐる。二人の偵察値では心もとないものはあるが、時刻はとっぷり暮れた夜半、本丸のはずれに近いこの場所に誰かが訪う可能性はかなり低いように思えた。

「実は……先ほど青江に、恋人になってほしいと言われたんだ」
思いがけない言葉に岩融はぱちくりと瞬く。そんな重要な場に偶然居合わせたなど、全くの想定外だった。
「仲がいいとは思ってはいたがそこまでとはな。して、どう返すつもりだ?」
「正直、迷っている。二つ返事で答えるには色々と考えることがあってね」
眉根を顰めた石切丸は「できるなら二つ返事で了承してしまいたい」とほとんど自白してしいることに気づいていない。つまり想いに応えられるだけの好意が石切丸にあるということだ。
それに気づいた岩融は内心愉快になってしまって、口元が緩むのを抑えきれなかった。
「なんだ、憎からず想っているなら一言、応と答えれば良いだけではないか。主は出陣遠征に影響を及ぼさない範囲ならば、刀剣間恋愛は自由だと言っておるそうだぞ」
石切丸は『刀剣間恋愛』という言い回しに審神者の心情を察した。つまるところ「衆道の修羅場に俺を巻き込んでくれるな頼むから」といったところだろうか。思わず苦笑がもれる。
「初耳だ。……いや、それも気になってはいたけど、年の差が気になっていてね」
「年の差?青江は我らほど古くはないにせよ、確か鎌倉末期の刀だろう。実年齢で言えば年嵩な方だ」
「それを言ったら粟田口だって年嵩だろう。私が言っているのは見た目の年齢、つまり刀種の方だよ。大太刀と脇差が番うのは倫理に悖るのではないのかと」
その言葉に岩融の表情が一気に険しくなる。
「大太刀と脇差で倫理に悖るなら、薙刀と短刀で番った俺は極悪人ではないか」
「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまった石切丸は慌てて口をつぐみ、言うべきではないことをうっかり言ってしまった岩融は口を手で覆った。
「短刀とってどういうことだい!」
今更のように声を潜めて問い詰めると、岩融は口に手を当てたまま視線を彷徨わせ暫し逡巡した後、短刀部屋の方に向かって小声ですまんと詫びてから白状した。

さかのぼること1週間ほど前。岩融は今剣に「岩融、こいびとになりましょう!」と言われ、今剣に滅法甘い岩融は「応!」と即答したのだった。
即答したはいいが、この本丸における規範をとりしきるのは審神者だ。彼の許可をとらねばならないと言うと、今剣はもう許可はとったと答えたのだ。

「それがさっきの『刀剣間恋愛は自由だ』の話に繋がるわけかい」
「さよう。まあ、主も今剣と俺が番うとは思ってもみなかったのか、ひどく驚いておったわ」
「そりゃあそうだろう……現に私だって驚いているよ。前から距離が近いなあとは思っていたけれど、子供と保護者にしか見えない君たちが、まさか恋仲だなんて思わない」
「ああ。その辺りが理由だろうなァ、妙な誤解を受けかねないから他の皆には黙っているよう、主に言われた。今剣は随分と不服そうにしておったが、最終的には納得したようだ」
そのときのむくれた顔でも思い出したのかがっはっはと笑う岩融を、石切丸ぽかんとした表情で見つめる。
「どうした、石切丸」
「迷いは、なかったのかい。その、仲間に知られたら後ろ指をさされかねない関係になることに。ともすれば誰も幸せにならない結果になるかもしれないのに……」
表情を暗く沈ませる石切丸に、岩融は暫し考えてから、口を開く。
「お前は俺たちの関係を知って、蔑んだか」
「いや。勿論驚きはしたけどね。でも、そういう縁があったのなら、私が口を挟める話ではないよ」
「つまりはそういうことよ。共にあることを望み望まれているなら、それを我慢する必要がどこにある?極端な話、他の誰が何を言おうと、今後どうなろうと、今が幸せならそれで良い」
「……」
「長く生き過ぎると難しく考えすぎるようだな」
「君だって私と同じくらいの歳だろう」
「俺は、いや俺たちは、お前たちほど長く『生きて』はおらん」
はっと気づいたように石切丸は瞠目し、それを見た岩融はふっと笑む。
石切丸は平安の頃から現存しているが、岩融や今剣は現存していないどころか伝承上の存在とも言われる刀剣だったことを今更のように思い出した。伝承でしか現存していない刀剣の付喪神であるということは、付喪神としては異質で不安定な存在であることを意味している。
「俺とお前の考え方の違いはそこにあるのかも知れぬな。――戦いに身を投じているのはここに居る皆が同じこと。そして戦いが終われば現存する本体を失った俺たちのような者は還る場所がない。ならば、今このときを存分に楽しまねば損ではないか」
「そう、だね……」
「現存するお前だって、今持っている心を、もとのありかに還ってからも持っていられる保証はないぞ」
「……!!」
「まあ、せっかく人の身体と人の心を与えられたのだから、悩むのもまた一興よ。ただ――」
岩融は人差し指を立て、その先をつんと石切丸の胸に当てた。
「心に嘘をつくようなことはするな。後悔するぞ」
鋭く尖った爪で心の弱いところを的確に刺されたような心地がし、石切丸は目を瞠る。そして数瞬後、諦めたようにふっと笑った。それを見、呼応するように岩融もにっと笑みを浮かべる。
そしておもむろに、岩融は酒瓶を持って立ち上がった。
「どうしたんだい」
「もう瓶が空だ、ここで終いとしようぞ」
「おや、いつの間にそんなに飲んでしまったかな」
「あまり長居しても説教じみた話を続けてしまいそうだ」
「いや……ありがとう。とても参考になる話を聞かせてもらったよ」
「それは重畳。それでは俺は自室に帰るとしよう」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ。――おっと、言い忘れておった。さっき話したこと、くれぐれも口外するなよ?」
さっき話したこと?と石切丸は考え、少ししてから今剣との仲のことを指しているのだと思い至った。
「もちろん、分かっているよ。今剣と仲良くね」
「はっはっは、言われなくとも!」
そう言い残し、軽く手を振って岩融は長柄部屋に帰っていった。



「言われなくとも、か」
岩融が最後に言ったことを、石切丸は咀嚼するようにつぶやく。迷いなく決心し開き直れるその心の強さを羨ましいと思った。そして、同じように言えるようになりたいとも思う。
ならば、今すぐに、というのは時間的にも無理だけども、自分から行動を起こさなければ。青江は先に行動をおこしてくれたのだから。
ふわふわと地に足のつかないような気分なのは酒精のせいだけではないだろうな、と自覚して石切丸は苦笑した。
できるだけ早く想いを打ち明けてしまいたい。どうやったらいいだろうか。そんなことを考えながら、石切丸も縁側から部屋に戻ったのだった。






15/10/31から1年拍手お礼にしてた1本です。
にか石かりに三条を絡めるのがすきですとか言いつつ青江成分ゼロに近いですが。