刀剣乱舞 今(+)岩
※ 今剣極の手紙ネタバレ注意




修行から帰ってきてからこちら、今剣は暇を見ては本丸のなかで小高い所に1本生えている木の梢にいることが多くなった。短刀の視力ならば本丸中が見渡せる絶好の場所に。
本丸の中心から外れたそこに訪れる者は少なく、今剣のその行動の理由を訊ねる者はいなかった。たったひとりを除いて。

本丸でいっとう大きいその姿がこちらに向かってくるのは、勿論今剣には見えていた。その手に瓶のような何かを持っていることも。
その人影――岩融は木の根元まで来るとちらりと今剣の方を見、声はかけないままそこにどかりと腰を下ろした。
「なにをしにきたんですか、岩融」
「旧知の友が懇意にしている相手がいるようなのでな、その顔を見に来たのよ」
「こんい……?もしかしてこの木のことをいっていますか?」
「おうとも」
「ふふ、そんなふうにおもったことはなかったですよ。ちょっとここでかんがえごとをしたくなることがあるだけです」
「ひとりで、か。何を考えておった」
「……」
口にしていいかどうかを悩んでいる間に、岩融は懐にでも入れていたのか猪口を取り出してとくとくと瓶を傾けている。そして何も言わずにそれを今剣にさしだした。口をつける前にすんと匂いをかいでみると酒精の香りがした。
素面では言いにくいことは酒のせいにしてこぼしてしまえと言いたいのだろうか。言いにくいことを話すことになると、先読みして用意してきたのだろうか。
この旧知の、いや旧知であったはずの薙刀には、何も隠し事ができないのだなと今剣はそっと息をついて、木から飛び降りて彼の隣に座った。
「ぼくはよしつねこうにあって、ほんとうのれきしをみてきました――ほんとうのれきしに、ぼくはそんざいしないことをしってきました」
「……」
「こにいるみんなは刀の『つくもがみ』だけど、じつざいしなかったぼくはいったいなんなのだろう、って。ここはほんまるじゅうがみえるししずかだから、みんなとぼくとのちがいをかんがえるためにここにくるんです」
「答えは見つかったか」
「いいえ」
「そうか」
そう言って、岩融はどこからか取り出した杯に酒を注ぎ、ぐいと呷った。

「俺はな、今剣、正直に言うとほんの少しだけだが、お前が義経公の元から帰ってこないのではないかと思っていた」
「えっ」
「義経公を慕い公の守り刀であることを誇りにしていたお前が、直接その場に居合わせ、自分が存在していなかったことを知ったとき、もしかしたら義経公に殉じて本当に守り刀になってしまうのではないかと、少しだけだが思っていたのだ。−−お前の意思を疑ってしまったようだな、許せ」
その選択肢をあのとき考えなかったわけではない。ただ、それをちらりと考えた次の瞬間、出立を見送ってくれた審神者や岩融や他の皆のことが脳裏をよぎったために思い直したのだ。
そして今の話を聞いて、岩融は本当のことを知っていたのだと知った。あのときの彼の言葉は、前は難しくてよくわからなかったが、今なら少しだけわかる気がする。
義経公の悲劇があったことで自分の存在は成り立っている。きっと、そういう意味だろう。
「だからお前が無事帰ってきて心底ほっとしたし、帰ってきてからよく一人になりたがるお前を心配した。殉じなかったことを後悔しているのではないだろうかと思った」
「そこまではかんがえてませんでしたよ」
その言葉に自分の懸念が部分的に合っていたことを察し、岩融は眉を顰めた。
「我らは義経公の悲劇の上に成り立つ存在だ。同時に、義経公が後世の人々に愛された証でもある。その証が欠けてしまうと思うと――」
はっとして見上げれば、夕日色の瞳と目が合った。いつも見ているはずのそれがいつもと違う色をしているように見えるのは、その夕日色が少しだけ水っぽくうるんでいるからだろうか。
知らないところでそこまで心配させていたことにきまり悪くなって、今剣は慌てて茶化すように軽口を言う。
「ぼくがどこかにいっちゃうかもって、さびしかったですか?」
「ああ、そうだな」
あっさりと肯定されてぽかんとすれば、岩融は小さく笑った。
「意外か」
「ええ。岩融はもっとつよいとおもってました」
「俺もそのつもりだったがな、自分で思っていたよりもずっとお前を好いておったようだ。だから、どこにも行くな」
「そ、そんなふうにいわれたら、かえってくるしかないですね!そのかわり、岩融もどこにもいっちゃだめですよ」
「無論、いつでもお前のもとに帰ってこよう。俺の帰る場所はお前の元にあり、お前の帰る場所は俺の元にある」
「なら、よかった」

猪口に再び口をつけながら今剣は空を見上げる。
以前の自分は、紫の雲の上に旅立ったあのひとの元に居場所があるのだと思っていた。しかしそれは覆され、自分の居場所は今の主の元にしかないのだと思った。今の主に嫌われたら自分の居場所がなくなるのだと思った。
しかしそうではないことを知った。教えてくれた。
知らずに背負っていたものが、すとんと軽くなったような心地になる。

きっともう一人でこの木のところに来ることはないだろう。






16.10.31〜17/10/30まで拍手お礼にしていたものでした。
元主が「あの世でまた会おうね(意訳)」って歌を残してるので、こういうお互いがお互いの帰る場所みたいなイメージが強くあります。ステでも一緒にいることが役割とか言ってたし。