ヘタリア ギルッツ・パラレル





あるとき、ふと、訊いたことがある。死神とは何をする者なのかと。
「刈り取った魂でも食らうのか」
そんな風に訊ねれば、ギルベルトは至極嫌そうに顔を顰めた。
「死神と悪魔を混同してやしねえか?」
「似たようなものだろう」
「全然ちげーよ!」
曰く、死神とは死者の水先案内人なのだそうだ。
人の魂というのは身体から離れてまっすぐ天へ向かうわけではない。生前行ったことのない場所に、行き方も教えられず行けるわけがないからだ。
だからしばらくは現世をふよふよとさまよって、そこを死神に拾われる。そして死神は魂と身体を繋いでいる細い糸を断ち切って(といってギルベルトはポケットからサバイバルナイフを取り出してみせた)自由になった魂を天界に送る。そういう仕事だ。
「天界に送られた魂はどうなる?やはり神のもとで裁きを待つのか?それとも東洋で言われているように生まれ変わるのだろうか」
「さあ?俺の仕事は送り迎えするだけで、その先に行ったことねえから知らねえ」
「そうなのか?あなたもかつては人間として生きて、死んだのだろうに」
「色々事情があってな。……あれ、そんなこと俺話したっけ?」
「あっいや……!そ、そう、近いことを言っていた。『生きてたらケーキ屋に行きたかった』とかなんとか」
本人ですら知らないギルベルトの正体を知っていることを、ルートヴィッヒは秘密にしている。生前の記憶をまるごと失くしている彼に、あなたは実は……という話をしても不毛だと思っているからだ。生きているなら脳がどこかで覚えているかもしれないが、彼は死者であるので。
「んー、そういえば言ったかも。――あれ、こいつ……」
ギルベルトがデスクに置いたカルテに視線を向けたことで話題が変わったことに、ルートヴィッヒはそっと安堵した。
カルテには10歳の少年の顔写真と氏名、病名や症状、術後の経過などが記されている。ルートヴィッヒが担当医になっている患者のひとりだ。
「ああ、その子か。生まれつきの心疾患で、いっときはかなり危ない状態だったが、今はだいぶ安定している。彼がどうかしたか?」
そう言うと、ギルベルトはまずいものを口にしたようなしかめつらをつくって、しばし黙したのち、言った。
「こいつ、死ぬぜ。そうだな、多分2日後」
瞬間、ルートヴィッヒの喉がひゅっと鳴った。
「こんな小さいのにかわいそうにと思ってたが、そうかお前の担当だったんだな」
「な、にを……言っているんだ……?術後の経過はいいし、退院はまだ先だが順調に回復してきている。今日だって、早く学校に行ってみんなとサッカーして遊びたいって言うから、このまま頑張れば大丈夫だってこたえたばかりなんだ。なのに……」
「見立てを間違えるわけねえだろ。俺をなんだと思ってる?」
ほとんど無表情に言うギルベルトの言葉に、ルートヴィッヒはぐっと唇をかみしめた。
「それでも俺は、あの子を治すことを諦めない」
「……そうかよ」



それからルートヴィッヒは、患者の少年を特に気にするようにした。痛いところはないか、体のどこかに違和感はないか、疲れやすかったり風邪っぽかったりしないか。そんなことをしきりに訊いた。
「ふふ、僕は元気だよ!どうしたの、先生。気にしすぎ」
少年にそう笑われるくらいに。
つられて笑ったルートヴィッヒは、リハビリがうまくいっていることを確認して記録をつけ、あとは宿直に任せて帰った。あの言葉の翌々日のことだった。

そしてその晩。
けたたましい呼び出し音で真夜中にルートヴィッヒは目を覚ました。あの少年の容体が急変したという知らせだった。
慌てて病院に駆け付けたが、時すでに遅く、ちょうど死亡確認がなされた後だった。横たわる少年の顔は安らかで、眠っているようにしか見えなかった。



少年の家族への連絡や色々な手続きは、手術を担当していた先輩医師がすべてやった。ルートヴィッヒもそれを共にこなすはずだったが、呆然としていて使い物にならなかったからだ。
先輩医師は、こういうことは意外とよくある、新人医師にはとてもショックだろうし残念なことだけどあまり気を落とすな、と言った。
ぼうっとしながら頷き、ふらっとルートヴィッヒは外に出た。病院の裏手、めったに人の来ない小さな空き地に。なんとなくそこにギルベルトがいるような気がして。
はたして、彼はそこにいた。
「あなたの言った通りだったな、ギルベルト」
「……」
「少しでもあの子のいのちを伸ばしたくて、助けたくて、出来る限りのことはしたつもりだった」
「ああ、見てたぜ。お前は頑張った。でもあれは、運命だった」
「そうか、運命か。――あなたのようなものからしたら、俺たちのような者はきっと滑稽に映るのだろうな」
「そんなことはねえよ!」
「本当に?人間が人間の生き死にをどうにかしようなどおこがましいのではないかと、俺は今思っているんだ」
自嘲気味に笑うルートヴィッヒの肩にギルベルトは触れようとし、指が通り抜けて埋まったのを見、手を引いた。身軽で自由な体がこの瞬間だけ恨めしくなった。
そして、あまり言いたくなかったことを口にすることにした。
「ひとのいのち、魂っていうのはな、使い切るべきエネルギーっていうのがある。それがなくなった時が、いわゆる寿命ってやつだ」
「エネルギー?」
「ああ。それを燃やし切ったとき、人は魂が軽くなって天の国の扉を通ることができる。逆に言えば、燃やし切らずに身体が先にダメになると通れない。俺みたいに」
驚いて顔を上げると、ギルベルトは苦く笑っていた。
「死にぞこないの魂の成れの果てだ。カッコ悪ィから言いたくなかったけどな。この世に強い未練があったり魂のエネルギーに体がついていかないまま死ぬと、悪霊や亡霊になったり、タイミングが悪けりゃ記憶を消されて死神になる。そんで、エネルギーを使い切るまでその役目を負う」
ギルベルトが意図して言葉を濁していたその事実に、ルートヴィッヒは驚くばかりだった。あれだけ長く病と闘った兄が、まだこの世にとどまらなければならないほどの熱量を持っていたことがただただ驚きだった。
「お前が懸命に診て病と闘わせたことで、あの子供は魂を燃やし切ることができた。天の扉をくぐれた。俺が見届けたから間違いない。お前のやったことは無駄じゃねえよ」
「そう、か……。ありがとう。あの子はこの世を去る時、何か言っていたか」
「さあな。俺はあんまり死者と話さねえし」
「そういうときは嘘でも『ありがとう』と言っていたなんて言うものじゃないのか」
「お前に嘘なんかつけるかよ」
「あなたらしい」
「でもまあ、満足げな顔はしてたぜ」
「はは、慰めでもうれしいな、それは」
「嘘じゃねえよ」
むくれるギルベルトに、ルートヴィッヒはちいさく笑う。でもこのやさしい死神の言葉で、なくなった少年のことは乗り越えられそうな気がした。きっと、少し時間はかかるけども。
「ありがとう。話してくれて。そして、言いたくなかったことを言わせてしまってすまない」
「別にいい。先に色々言っちまった俺の責任だと思っただけだぜ」
「そうか」

動揺がおちついて棟に戻るルートヴィッヒにギルベルトはついていかず、その場に立ったままじっと考え込んでいた。
たん、と地面を軽く踏み鳴らし、ぐっとこぶしをつくる。
地面に立っている感触も、手を握る感触もある。しかしこの霊体でできた身体は無機物は動かせても、生きた者に触れることができない。そのことに今まで不便はしてこなかった。
しかし、そのことが今はとてももどかしい。
初めて担当患者の死を目の当たりにしてショックを受けたあのまじめで脆い男に、頭をなでて慰めながら胸を貸して泣かせてやるべきだった、そうできたらよかったと強く思っていた。






死神パロ連作2作目。
手塚御大のブラックジャックを読んで育った系オタクなので、このお題をいただいた瞬間「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」のオマージュを絶対どこかに入れたかった。