ヘタリア 普独
※悪魔ギルベルト×生贄ルートヴィッヒ





深い森の奥、広い敷地を持つ立派な屋敷が木々に守られるようにして人知れず建っている。
穏やかな日差しが降り注ぐその庭で、短い金の髪を後ろに流し長いローブ一枚を身にまとったひとりの青年が草花で花冠を作っていた。およそ立派な体格をした男がすることではないが、たったひとりの育ての親以外の誰とも会わず育った彼――ルートヴィッヒの表情はどこかあどけなく、草花遊びも不似合いではない。

それを少し離れた木陰で寝そべりながらぼうっと見つめる異形の者がひとり。
上半身は銀の髪に赤紫の瞳をもつ男だが、下半身は茶色の毛並みの山羊に近いかたちの半人半獣で、神話上の牧神の姿に似る。しかし立てば成人男性よりも大柄で、銀の髪の中から大きく太く後ろに湾曲した深紅の立派な角が二本、指先には角と同じ深紅の鋭い爪が生えていて、彼が魔物であることを示していた。角の先端にはその存在を誇らしく強調するようにさらさらと鳴る細い鎖状の装飾がついている。
その魔物――ギルベルトは、陽の光の下できらきら輝く育て子をひたすらに「かわいいなあ」と思いながら見つめていた。そして「日陰に棲む俺様の手に天使みたいな子がいるなんて奇跡でしかねえな」とも。



ギルベルトは悪魔だ。それも、悪逆非道と呼ばれる類の悪魔だった。
少しでも良心的な心をもつ悪魔だったら、人や村を襲う際、目を付けた対象の村を複数持ち生かさず殺さず、村が絶えない程度に搾取し腹を満たすという手口をとる。だが、ギルベルトは違った。たった一つの気に入った村からすべてを取り上げ、その村が復興してきた頃にまた全てを取り上げ、ということを繰り返し、痩せた土地と老人しか残らない破滅を作るのが好きな悪魔だった。
そのせいか他所から呼ばれたエクソシストに痛い目にあわされ百年ほど臥せることになったのだが、それで懲りるようなら悪魔などやっていない。あのエクソシストも死んだ頃だろうと思って目をつけていた村を訪ねれば、はたしてエクソシストは確かに死んでいたもののギルベルトの蛮行の噂は今もなお生きていた。

「あなたさまに差し上げられるのはもうこの子しかおらんのです。若者は皆あなたさまの噂を聞いて逃げてしまったのですから」
村を守るために長老が差し出した生贄は、1歳にも満たないすやすやと眠る赤ん坊だった。近くの森に捨てられていたのを村人が拾って「この子こそがこの村を再興する希望の光だ」と思われていたその子は、皆の期待とそれ奪うことによる絶望を背負っているからかギルベルトの目には大層美味しく映った。
「いいぜ、この赤ん坊で手を打とう」
べろりと舌を出しながら笑って見せれば、「いたいけな赤子にはもしかしたら手を出さないかもしれない」という村人の一縷の望みすら断ち切った。老人たちのその絶望に満ちた顔すらギルベルトの糧になった。

赤ん坊なんて数口で食べきってしまう。それはなんとなくもったいない。そう思ったギルベルトはその赤ん坊を育ててから食べようと思い至った。
幸い悪魔の寿命は人と比べ物にならないほど長いため、ほんの十年二十年待つことなど苦にもならない。育ちきってから美味しく食べよう。
――としたはずだった。

ストレスをかけられた肉は不味いので、その生贄にはお前を食うつもりだということは伏せたし、ましてや威圧し脅すようなことは何もしなかった。
しかし我儘で傲慢な品のない人間もまた不味いので、しつけはしっかりとして、人間の育て方の資料をかき集めて清く正しく育つよう心がけた。
ギルベルトと生贄の子供しかいない小さく閉じた世界でも、子供が育ち知性を得るようになれば名前がないとなにかと不便だ。だから、昔取り憑いて殺した王の名前をそのままもってきて元赤ん坊にルートヴィッヒと名付けた。ついでにギルベルトのことは「兄さん」と呼ばせることにした。
名前をつけると愛着がわいてしまうなんてことは知らなかったギルベルトは、知らず知らずのうちにルートヴィッヒに美味しいものをいっぱい食べさせいっぱい運動させいっぱい学ばせ、それはそれは美しく気立てのよい青年に育て上げたのだった。



『はーーーー……ほんとルッツめっちゃ可愛い……めっちゃ俺様好み……顔は綺麗だし品が良くて胸も尻もでかくて最高……誰だよこんな魅惑的なコ育てたの!俺ーーー!』
という煩すぎる歓声は心のなかにとどめておいているから、木陰でまどろむギルベルトはただただ耽美で静かに美しい幻想的な魔物でしかなかった。
しばらくして花冠を完成させたルートヴィッヒはギルベルトを見、にっこりと笑って駆け寄る。そして投げ出されたギルベルトの獣の脚に腰かけて、シロツメクサの花冠をかぶせた。
「……へ?」
「やっぱり、兄さんには花が似合うと思っていたんだ。でも兄さんには角があるだろう?だから少し大きめに作ったんだが、ちょうどぴったりになったみたいだ」
そう言って満足げに笑うルートヴィッヒがあまりにも可愛かったものだから、ギルベルトは愛し子をぎゅうっと抱きしめる。ギルベルトの裸の胸に、ローブ一枚しか羽織っていないルートヴィッヒの胸がぴったりとくっつく。脚にはむっちりとしてすべすべな太ももが軽くもない体重でおしつけられた。その柔らかさと質量によだれが出そうになりながらも取り繕い、喜びにだらしなく緩む頬をできるだけ引きしめて、微笑んでみせる。
「ありがとな」
感極まるいろんな感情を押し込めてその一言だけ言えば、ルートヴィッヒは頬を赤くして破顔するものだから、思わずその豊満な胸に突っ伏しながら更にぎゅうっと抱きしめた。
『俺様の!ルッツが!こんなにも!かわいい!!』
感動や好意が可視化できるのならこの広い庭をハートで埋め尽くさんばかりの感情が溢れ、しかしかっこいい育て親でいたい気持ちがそれをそのまま表に出すのを妨げる。
その表情の緩みっぷりときたら、仮に昔のギルベルトがそれを見たら「お前ソイツをなんのために攫ってきたんだよ」と呆れかえるに違いないほどだった。






フォロワさまの悪魔生贄パロ絵&語りに触発されて書いていいですかとお伺いをたてたところ、がっつり設定投げていただいたのでありがたく書かせてもらいました。
連作なので起承転結の起のあたりです。