ヘタリア 普独
※悪魔ギルベルト×生贄ルートヴィッヒ
※あっさりめですが悪魔の人食い描写有




『彼』が来たのは、ある短い夏の日の昼下がりだった。

その日ギルベルトは屋敷の敷地を出て街まで出かけていて、留守番のルートヴィッヒはせっかくのいい天気の日にひとり暇を持て余していた。そんな日に部屋に閉じこもっているのももったいなくて、でも一人で体を動かす気にもあんまりなれない。思い立って木陰でぼんやりと本を読んでいると、広い場所に一人でいるための静けさと食後の眠気に誘われてうとうととしていた。
さやさやと吹く風が頬を撫で心地よく眠っていたのだが、時間が経てば影の向きは変わる。閉じた瞼の向こう側が妙に眩しいなと思ってぼんやりと目を開けると、見知らぬ人影が目の前にあって思わず「うわあ!」と声を上げた。
盛大に驚かれたことを気にも留めず『彼』はにっこりと笑って言う。
「ボンジュール、お坊ちゃん。ここのご主人は外出中かな?」
聞きなれない言葉で挨拶をする『彼』は随分とマイペースで風変りなように見えた。夏の盛りだというのに淡い色のシャツの上に長い丈の厚手の白い上着を着ていて、更に紫色のスカーフタイまで巻いている。薄手のローブ一枚しか来ていないルートヴィッヒも少し汗ばんでいるのに『彼』は汗ひとつかかず余裕の笑みを崩さない。
ギルベルトは屋敷の敷地に人払いの結界を張っているから、『彼』はそれを潜り抜けてきたということになる。身なりといいその事実といい、ただ者ではないなと思って口をついて出たのは単純に誰何する言葉だった。
「貴方は……?」
「おっと失礼。俺はフランシス。ギルベルトの友人ってとこかな」
「兄さんの友人!? あのひとにそんな人がいたのか……」
「随分なこと言うね?」
「あ、いや……今までこの屋敷に来客なんて全くなかったものだから。ええっと、お気づきのとおり兄さんは外出していて、たぶん夕方まで戻ってこないんだ」
そう言って客人を屋敷に迎えるべく立ち上がって、改めてフランシスと名乗った彼を見る。身長はルートヴィッヒと変わらないかやや低いくらいで、顔立ちは美しく整っている。白い服も相まって内側から輝いているようだ、と思ってから気づく。輝いている『ような』ではなく、確かに彼は光っていたのだ。彼の背後にある太陽光を透かして。



実体がないように見える彼は、ルートヴィッヒが淹れた紅茶の香りを嗅いでふんわりと笑んだ。口をつけないところを見ると、飲みはしないようだ。
「あなたはもしかして、話に聞く『妖精』だろうか」
そう尋ねれば、ぶっふぉと吹き出して気取った顔を崩した。
「妖精なんて上等なもんじゃないさ。そもそもここは悪魔の気配が強すぎて妖精なんて立ち寄れないんじゃないかな。俺はただの幽霊、ゴーストだよ。ああ、ゴーストって知ってる?」
「死んだ人間の魂、だったか?」
「まあ、そんなとこ。それより俺は君のことが知りたいんだけど」
「俺? ああ、自己紹介がまだだったか。俺はルートヴィッヒだ。あー……それ以上に言えることがないのだが」
「みたところ生きてる人間だよな? もしかして君がギルベルトの言ってた『ルッツ』?」
「ああ、兄さんにはそう呼ばれている」
「やっぱり。へえ……あいつもなかなかいい趣味してるねえ。いろんな意味で。さすが悪魔が手塩に育てた秘蔵っ子。ふふ、お兄さん、君みたいな綺麗な子大好き」
「あ、ありがとう……?」
ギルベルトとはまた違った距離の詰め方をしてくるフランシスに、ルートヴィッヒは戸惑いを隠せない。そもそも生まれてこの方兄と呼び慕う悪魔としか話したことがないのだから、上手な話運びができるはずもないのだった。
「フランシスは何故この屋敷に来たんだ?」
「俺、この森の外にある図書館に棲んでるんだけどさ、夏季休暇のうちに数日閉鎖して棚の整頓やるっていうから、暇になっちゃって来てみた。人払いの結界張ってあるって聞いてたから見つかるかわかんなかったけど、幽霊には効かなかったみたいで助かったよ」
だからここまで来れたのか、とそこでようやくルートヴィッヒはいきなりの来客に納得した。

会話慣れしていないルートヴィッヒとは違ってフランシスは随分話好きらしく、こちらの会話の引き出しが少ないことをすぐに察して色々と喋りだした。
棲んでると言っていた図書館のこと、図書館の隣にある学校に通う学生の話、彼らの若さや美しさ、流行り廃り。
ルートヴィッヒは人ならざるものというのは悪魔であるギルベルトしか知らなかったから、人と悪魔しか実在しないと思っていた。けども情報が集まる図書館と言う場所にはひっそりと人ならざるものも集まるようで、魔法薬は完璧に作るのに料理は壊滅的に下手くそな魔法使いや、満月が嫌いすぎる反動で太陽が大好きになって畑仕事を生業としている狼男、その狼男が作ったトマトジュースしか飲めない落ちこぼれの吸血鬼なんかが、時折図書館を利用してはフランシスと話をしていくのだという。
「兄さんともそうやって知り合ったのか?」
そうルートヴィッヒが訊ねると、フランシスは少し困ったような顔をした。
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるかな。ねえルーイ、悪魔が――ギルベルトが好んで食べるものって知ってる?」
「……生きた、人間」
「そう。それを食べているところを見たことは?」
その問いには首を振る。フランシスは、だろうね、といって苦笑した。
「俺は見たことがある。初めて会ったのがその現場だったから」

◆ ◆ ◆ ◆

二十年近く前のこと。
フランシスが憑いている図書館は学校が近いため、利用者は十代の学生がほとんどだ。そのほとんどが青春を楽しんでいるようだけど、もちろんそうでない子もいる。その中でとある本好きの女学生が随分といじめられていて思いつめた結果、ある夜図書館の裏手で自殺を図った。

◇ ◇ ◇ ◇
「ルーイはさっき幽霊は『死んだ人間の魂』と言ったけど、正確には少し違う。人間というのは肉体と魂と精神でできているという話は聞いたことがあるかな?」
そんな話を本で読んだ覚えは少しあるけども、精神と魂の違いがよくわからなかったのを思い出してルートヴィッヒは首を傾げた。
「精神が難しいか。心とか感情って言い換えてもいい。人は死ぬと魂は天に還り、肉体は朽ち、精神は消える。幽霊というのは、精神が消えず魂にくっついたまま重りになって地上にとどまった人間のことを言うんだ。そしてそのくっついた精神――感情がマイナスであればあるほど、幽霊は悪いものをどんどん引き寄せる」
◇ ◇ ◇ ◇

だからフランシスは彼女の自殺を止めたかった。このままだと彼女はどう考えても大きすぎる恨みや悲しみを抱えたまま死ぬわけで、その末路は悪霊なのが目に見えていたからだ。居心地のいいこの図書館を悪霊憑きにするわけにはいかない。
フランシスはポルターガイストを使ってそれを物理的に止めることができないわけではないけど、そんなことをしたって根本的解決にはならないし、きっと彼女は今自殺の邪魔をされても同じことを別の夜に同じことを繰り返すだろう。
そう思って宿直の先生をここに呼べないかとその場を離れて少ししたとき、ふいに後方で禍々しい気配がして振り返った。すると真っすぐ天に向かってすうっと飛んでく魂が見えた。
何が起こったのかと飛んで戻ると、そこには無残な姿になった女生徒の死体と、もいだ彼女の太ももを丸かじりして胸をべったりと血で濡らした、その血とそっくりの赤い瞳をもつ半人半獣の悪魔がいた。
「わあ……人食い悪魔とかまだ生きてたんだねえ」
思わずそうつぶやくとフランシスに気づいた悪魔はこちらをちらっと見、まあな、と言った。
「命を捨てたがってたみたいだから代わりに俺が食ってやった。もしかしてコイツお前の大事なやつだったか?」
「大事というか、悪霊になりそうだったから止めたかったというのはあるけど」
「ああ、こいつ悪霊予備軍だったのか。道理でやたら密度の濃い恨みや絶望抱えてたわけだ。こいつのココロ、美味かったぜ。体は骨ばっててイマイチだけどよ」
そのとき初めてフランシスも知ったのだが、人食い悪魔というものは人の肉体と精神を食べ、魂だけを天に還すらしい。魂というのは本来神様の持ち物だから悪魔の口には合わないのだという。
つまり自殺を図っていた女生徒の魂は無事に還り、肉体と精神は小骨の一本も残さず悪魔の腹の中に入り、図書館が悪霊憑きの汚名を被ることは免れられた。つまり、偶発的とはいえ悪魔はフランシスの恩人(?)になったのだった。
その礼として、百年ほど寝て起きてから日が浅いというその悪魔に、簡単に今の社会のことを教え、それ以上のことは昼間人間に化けてから図書館で調べろとアドバイスをした。
そんな経緯でギルベルト名乗ったその悪魔はフランシスの他の友人と同じように図書館を利用してはその度に喋っていく友人のひとりになった。

◆ ◆ ◆ ◆

「――ってことで、あいつとの出会いはちょっと特殊だった、って感じ」
「なんというか……本当に兄さんは悪魔だったんだな」
「え? 知ってたでしょ?」
「知ってたけど。でも兄さんは俺に悪魔らしいところを見せないから、悪魔を自称してる牧神かなにかなんじゃないかと時々思っていた」
言えば、フランシスはぶっと吹きだした。
「あの夜みたいな姿見ちゃったら、絶対そんなこと言えないと思うけど。でも、そんだけルーイを怖がらせたくないってことかな。大事にされてるんだねえ」
優しい声音が逆に小ばかにされてるようにも聞こえて、ルートヴィッヒはむっと口を尖らせる。この話題はもうやめようと思った。
「そういえば、フランシスは何故幽霊をやっているんだ。やはり何か心残りでも?」
「うーん、この世界の美しいものをすべて見なければ気が済まない、っていうのが心残りかな? だけど世界は毎日美しいものを生み出しているからとても追いつかなくてね。もちろん、君もとびきり『美しいもの』のひとつだよ、ルーイ」
そういって微笑まれるものだから、このマイペースな幽霊の言うことはほんとうによくわからないなと思うしかなかった。



それからしばらく二人は喋りながら屋敷の主の帰りを待った。ギルベルトのために夕食を作るルートヴィッヒの後ろにフランシスはふわふわ浮かびながら、いつもの材料を使って少し豪華な夕食にする方法を教えたり、予備の包丁を操って料理の手伝いをした。
長い陽もかなり落ち暗くなってきた頃、あとは軽く火を通して盛り付けるだけ、という段になって俄かに庭と玄関先がどたどたとうるさくなった。
「おや、やっとあいつのお帰りかな」
そう軽く言うフランシスの声をかき消さんばかりにドアが乱暴に開く音がして、屋敷中を震わせるような音量でギルベルトの声が響き渡った。
「ルッツ!! 無事か!!」
その剣幕に驚いて、ルートヴィッヒは慌ててキッチンを出て玄関に出迎えに行く。
「どうした、兄さん?! 俺はここにいるぞ」
ギルベルトはルートヴィッヒを見つけるや否や駆け寄って抱きしめる。朝出かけるときは人間の姿に変化していたのに今はいつもの半人半獣の姿に戻っていて、人間用の服はびりびりになって一部へばりついているだけになっていた。敷地に入った瞬間脱がずに変化を戻して、より速い獣の脚で駆けてきたのだろう。
「よかった……! 帰ってきたら侵入者の気配がしたからお前がひどい目に遭ってねえかすっげえ心配したんだぜ!」
「侵入者……ああ、それは――」
「もしかして俺のことかな?」
ゆったりふよふよとルートヴィッヒを追ってきたフランシスに、ギルベルトは目を丸くする。
「フランツ! なんでこんなとこいんだよ」
「暇だったから。あと結界通れたから。ルーイのことそんなに心配するなら人間除けじゃなくて魔物除けもしとけよなー」
「それ俺も見えづらくなるからヤなんだよ。っていうかルッツのこと勝手に馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ!!」
「いいじゃん減るもんじゃなし。それに俺たちたっぷりしっぽりお話して共同作業までした仲だもん。ね、ルーイ」
「はあああああ!?」
ギルベルトの警戒が怒りに代わるのを見、ルートヴィッヒは慌ててフォローする。
「一緒に夕飯を作ってただけだ。兄さんが怒るようなことはなにもない」
「なんだそういうことかよ、紛らわしいこと言いやがって……」
無駄に感情を乱されたことにムッとして、ギルベルトは唇を突き出して拗ねた顔をした。
「そういやさ、ジルベール」
「ヘンな呼び方すんな、ギルベルトって言え。――で? なんだよ」
「多分お前の趣味なんだろうけど、そんでお前にしてはなかななイイ趣味してんなって思うけど。でもそんなに大事なお子さんならもうすこし恥じらいとか慎み教えた方がより美しいって、お兄さん思うなぁ」
「はぁ……?」
ギルベルトはフランシスに向いていた視線をルートヴィッヒに向ける。いつも通りの格好だ。いつも通り、裸に足首丈の薄手のローブを羽織っただけの格好。前身頃はかろうじて閉じられているが、合わせの隙間からむっちりとした筋肉のついた白い素足が根本からちらちらと見えている。緩い襟元からは発達した胸の谷間も。ギルベルトに見えているということは、つまりフランシスにもずっと見えていたということだ。
それに気づいた瞬間、怒気がギルベルトからぶわりと迸り一瞬髪が逆立つ。
「忘れろ。見たモン全部忘れろ」
巨大な蛇のような気迫でぎらぎらと眼光鋭く睨みつけるが、そんな威嚇などマイペースな幽霊には効かなかったようだ。
「やーなこった! こんな良い目の保養なんてあと百年あるかどうかわかんないもんね! その子をそう育てたお前の自己責任だよ」
そう言ってフランシスはギルベルトの怒りを煽りたいのか逃げたいのかわからないような笑いを残して上の階にするりと通り抜けていった。
「あっこら卑怯者! 逃げんじゃねえ!」
そう言えどもルートヴィッヒが傍にいる状態で天井をブチ抜く訳にもいかず、大事な大事な愛し子のからだをこれ以上晒してなるものかとローブの前をぎゅうぎゅうと苦しいほど押さえつけた。こいつにちゃんとした服用意してやらないと、と烈しい悋気と共に後悔しながら。



それからも旧知の二人は喧々諤々とやりあっていたり、それをルートヴィッヒはおろおろと見ていたり、結局なだめるのは諦めてさっさと夕食の準備をしたりして、いつもの百倍は賑やかな夜になった。

「あー……疲れた……」
全ての音に濁点がついたような声でそう吐き出しながら、ギルベルトは屋敷の裏手にある小さな泉で水浴びをする。屋敷の中に湯が出る風呂場はもちろんあるが、本性の姿になったギルベルトの大柄さでは少々手狭だし、身体が半獣の性質からか屋外での水浴びの方が心が休まるのだ。
今日はとりわけ賑やかだったから、しんとした静かな夜の風は心地よく身に染みわたる。煌々と照る満月が水面に映って、ざばざばと波立たせると水面の月が崩れるのが楽しい。
外出や客人の相手をした疲れを水浴びで癒し、しばらく一人で静寂を満喫してから泉からあがると、近くの木の傍でルートヴィッヒが立っているのが見えた。夏場とはいえ陽が沈めば気温は冷える。薄手のローブ一枚しか来ていないルートヴィッヒには猶更寒いだろう。こんなところで何をしているのかとギルベルトは慌てた。
「オイオイ! なんで外出てんだよ! 風邪ひくぞ」
しかしルートヴィッヒはギルベルトが水から上がったと見るや、駆け寄って濡れたままのギルベルトをぎゅっと抱きしめた。
「風邪ひくって言ってんのに! あー、もう……今日は随分と甘えんぼさんだな、ルッツ?」
わざとこどもに言うような声音で言えば、いつもなら抗議の声が上がるのに、ルートヴィッヒは黙したままギルベルトの胸元に顔を埋めるようにしたままだ。
「……ルッツ? どうした、悩みか? それともフランツになんか言われたか?」
言いながら腕をそっとルートヴィッヒの背中に回す。風邪をひいたらそれはそのときだ。いくらでも看病してやろう、こいつが子供のときしてやったように。
するとルートヴィッヒはギルベルトの胸の中でぽそぽそと喋った。
「兄さんは、今までもこれからもずっと、長い年月生き続けるんだろう?」
「え……? まあ、そうだな」
「けど、俺は違う。人間だから、あと数十年したら死ぬんだと思って」
なるほど、とギルベルトは納得した。ルートヴィッヒは物心ついたときからこの屋敷から一歩も出ずギルベルトと二人きりで生きてきた。人が行う様々な物事はルートヴィッヒの中では本の中のできごとでしかなかった。
なのに今日初めて、外の世界の人であるフランシスと会った。死者である彼の存在を間近で見るということは、ギルベルトが用意した箱庭に住む彼にとって初めて死というものを身近に感じる出来事だったのだろう。
「なんだ、死ぬのが怖くなったか」
問えば、ルートヴィッヒは少しだけ考え込むようなしぐさをしてから小さく首を振った。そして腕にきゅっと力がこもる。ギルベルトに控えめに縋るように。
「怖い、っていうのは少し違う……と、思う。俺はこんなに兄さんが好きなのに、いずれ兄さんと離れなければいけないのが、寂しいんだ。兄さんを置いていくのが、嫌なんだ。兄さんだってきっと寂しいだろう。だから、この限られた時間、できるだけ兄さんと居ようと思って」
ゆっくり小さく喋る声は、静かな夜の中でははっきり聞こえた。このいとし子は、未知のものへの恐怖よりも愛する人の寂しさを想う、優しい子だった。その事実が夜風で冷えていたギルベルトの身体をじわじわと内側から熱くする。今までこのいとし子に色々なことを教えてきたけども、愛するひとに愛される歓びだけは彼が教えてくれた。
「ルッツ、こっち向け」
言うと素直に上を向いたルートヴィッヒの、その顎に手を添えてギルベルトはキスをした。唇を落とすなんて生易しいものじゃない、唇を食み舌を啜り呼吸を丸ごと奪うようなキスを。
ギルベルトの長い舌で咥内をいっぱいにするように絡めてやると、うまく呼吸ができないのかはふはふと息があがった。それでも快感はきちんと拾っているらしく、頬は上気し目はとろんと潤んでいる。昼間の空の一番きれいなところを集めたような清く青い瞳は、今は月の光につやつやと濡れてひどく妖艶だ。
たまらねえな、と思う。手放してなんかやるかよ、と思う。
舌先でルートヴィッヒの唇をべろりとなぞってから口を離し、抱きしめる腕に力を込めた。
「大丈夫だ、ちゃんと手はずは整えてある」
「てはず……?」
「俺たちがずっと一緒にいられる方法、探してやったから心配するな」
「ほ、ほんとうか……!」
「俺様が一度でもお前に嘘を言ったか? ほら、気に病まなくていいから風邪ひく前に部屋戻ってろ。後で俺も行く」
頭をなでてから頬にキスをひとつしてやれば、言葉の意味を察したルートヴィッヒはさらに頬を赤くしてひとつ頷く。
そして、じゃああとで、と言って屋敷に戻っていくルートヴィッヒの背を見送って、ギルベルトは空を見上げた。
「あとひと月、か……二十年は案外長かったな」
次の満月の日、ルートヴィッヒは二十歳になる。その日が、ギルベルトが己に課した期限の日だった。






3部作の2本目、起承転結の承であり3への大きな前振りのターン。
フラ兄ハロウィンのランタン持ってる幽霊衣装のイメージです。