ヘタリア 普独 ※悪魔ギルベルト×生贄ルートヴィッヒ 「あ、いたいた。ボンジュー、ジルベール!」 屋敷にふわりと入り込んだ半透明の来客――フランシスに屋敷の主は一瞬ぎょっとしたあと、呆れたような声音で、なんだお前かよ、と言った。 「フランツのことだからもっと遅れてくると思ってたぜ」 「今日は連れがいるからねえ。入れないって言ってるから結界解いてよ」 「ああ、そうか。はいよ」 ギルベルトがぱちんとひとつ指を鳴らすと、敷地を覆っていた空気がふっと明るく澄んだ。 「メルシ! じゃあ呼んでくる」 そう言ってフランシスは屋敷を出ようとし、 「それには及ばねえよ」 別の声がそれを遮った。 庭の端から一メートルほど浮いた箒にまたがって飛んできた金髪の男は、その箒からトンと軽く飛び降り玄関の前に立ち、挨拶をする。 「ハロー、ギルベルト。アフターケアに来てやったぜ」 不老不死の魔術を体系化させた功績をもち魔法薬研究の第一人者である男、アーサーは数百歳という実年齢を感じさせない童顔でにっと笑った。 「そういえばお前は時間守る方だったな。そっちのオマケは正直いらねえけど特別に入るのを許してやるぜ。寛大な俺様に感謝しろ」 オマケと呼ばれたフランシスは憤慨したふりをしてみせる。 「要らないやつ呼ばわりやめろよな! ルーイへのプレゼント一緒に考えたんだから見る権利くらいあるでしょ!」 「プレゼント? 何の話だ」 話についていけないアーサーに、ギルベルトは複雑そうな顔をする。取引相手でしかない男にわざわざ明かすようなことでもない。 「まあいろいろあんだよ。お前には関係ねえ話だから気にすんな」 そんなことを話しながら奥に進むと、リビングの扉からひょこっとルートヴィッヒが顔をのぞかせた。いつもの素肌ローブ姿ではなく、ギルベルトが人に化けて街に出るときと同じような、簡素なシャツとズボンを着ている。初めて会う相手にあのゆったりしすぎた格好はふさわしくないとやっとギルベルトに教えてもらったので。 その「初めて会う相手」であるアーサーと目が合い、ルートヴィッヒはすっと背筋を伸ばしてから会釈をする。 「貴殿が兄さんの言っていた魔法使いのカークランド氏か。お初にお目にかかる」 「これはご丁寧にどうも。初めまして、ルートヴィッヒ。君のことはギルベルトからよく聞いてるぜ。俺のことはアーサーでいい」 「そうか。では、よろしくアーサー。それにフランシスも久しぶりだな。――どうした?」 フランシスはルートヴィッヒの周りをふわあっと飛びながら露骨に不満げな顔をして言う。 「俺は俺が監修した服来たルーイに会いに来たんだよ! それ見せてくれない?」 「もしかしてそれは淡い色で薄い布がひらひらしたドレスだろうか」 「そうそれ!」 「それなら一昨日兄さんが破いてしまった」 「はあッ!?」 近くでギルベルトが「あっ馬鹿やめろ」と小声で止めたが、客人への弁解が優先だと思ったルートヴィッヒはありのままをフランシスに伝える。 「ああいうのは一人では着られないから兄さんに手伝ってもらっていたんだが、しばらく満足げに見た後、いきなり『ラッピングは豪快に剥がすためにあるんだぜ!』とか言いながらこう、びりっと。あれはフランシスからだったんだな……すまない」 「うっそだろオイ! じゃあ俺なんのためにこんな僻地まで来たんだよ」 「アーサーの道案内だろうが」 そこから悪魔と幽霊は喧々諤々と言い合いを始め、魔法使いが「いつまでくだらねー喧嘩してんだ、俺はさっさと仕事してえんだが」と呆れたように突っ込むまで続いた。 結局いつもの素肌ローブ姿に戻ったルートヴィッヒの身体に、アーサーがぺたぺたと触れる。それは決して色気のあるものではなく医者の診察と似たような要領で、実際それに近かった。 不老不死の技術提供とそれに必要な水薬の製作が彼がギルベルトから依頼された仕事で、そのアフターケアこそがこの訪問の最大の理由である。魔術が過不足なく滞りなく施されているか、薬が思いがけない副作用を起こしていないか、血や気の流れに異常はないか、そういったものの確認をひとつひとつ確認していく。その結果、アーサーの目からみる限り、ルートヴィッヒの身体はいたって健康で健常だった。 データの記録をノートにつけていると、手持無沙汰なルートヴィッヒが先に口を開いた。 「ずっと気になっていたんだが、兄さんは今何をしているんだ?」 「兄さん? ああ、ギルベルトのことか。あいつなら血の提供にご協力いただいてるぜ」 「血?」 「今回の件の報酬。角は前もらったが、ギルベルトの奴、角切除してすぐ処置もせずにいきなり血相変えて魔術工房<アトリエ>飛び出してったんだよ。そのときに受け取り損ねた分、今徴収してる。時間かかるから別室待機、フランシスはその見張りだ」 角の切除、と聞いてルートヴィッヒはあの嵐の日を思い出した。雷に照らされた、角が折れ顔が血に染まったギルベルトの姿。あれはアーサーに角を渡した直後だったようだ。そしてタイミング悪くルートヴィッヒが結界の外に出て、それをを察知してギルベルトは慌てて追いかけてきたのだろう。 「『処置』とやらをしないと、その……なにかまずいのか」 「そりゃあ適切な処置をしてやれば、当たり前だけど傷の治りや角の再生は早い。自然回復のままだと遅いし、最悪角が再び生えることはないな」 「……!」 ルートヴィッヒがさっと顔色を変えたことに気づいたアーサーは、一瞬だけ驚いたあと、にやにやと笑った。 「どうやらアレはお前のせいみたいだな? まあギルベルトはその件でお前のことを恨みに思ったりはしねえだろ。名誉の負傷だとか愛の証だとか、そういうのあいつ好きそうだし」 「確かに兄さんはそういうとこがあるが……しかし、俺は何もできず何も知らないまま、兄さんに負担ばかりかけているように思えてしょうがないんだ」 そう言ってうなだれるルートヴィッヒを見、アーサーはフムと軽く唸ってから、ふっと笑った。 「何も知らないのが嫌なら、俺がひとついいことを教えてやる」 「いいこと?」 「お前にかけられた不老不死の魔術はな術自体はそう難しくはないが、悪魔の魔力とそいつとの契約が必要不可欠だ。人間だけが何人集まっても絶対にできない。しかしその悪魔との契約が難しい。悪魔は契約の対価に契約者の死後の魂を要求しそれを使い魔にしたがるからだ。ここまではわかるか」 「な、なんとか……。それはつまり、悪魔と契約しようとしても、人を不老不死にすると魂を回収できないから契約が成り立たない、という理解でいいか」 「その通り。理解が早いな。――ただ、今俺が言ったのは『人間が依頼し悪魔が応える』契約でな。お前たちの契約はその真逆、『悪魔が依頼し人間が応える』契約だ。満月の夜、ギルベルトに何か大きな頼まれごとをしただろ」 たのまれごと、とルートヴィッヒは口の中で呟いてから暫し記憶をさらいなおす。 「『俺の隣で生きてくれないか』と言われたが、それだろうか」 「間違いなくそれだな。つまりお前は、『ギルベルトに不死にしてもらった』んじゃなくて『ギルベルトの願いを叶えるために不死になった』んだ。生きてるだけで毎日ギルベルトの望みをかなえてるんだから、そんなに卑屈になることはねえぜ」 「な、なるほど……?」 いまいち理解できていない、といった顔のルートヴィッヒを見、アーサーは笑った。 「しっかし、不死の力を手に入れる契約が『隣で生きてくれ』か。長い時間を共に生きる相手が最初から約束されてるのは、少し羨ましいな」 「そうか? 貴殿にもいるだろう」 「俺と契約した奴のことか? あいつは好き勝手やってるから一緒に過ごしちゃあいねえよ。かれこれ百年近く会ってねえし、俺はほとんど誰とも関わらず友人や恋人も作らず、ずうっと工房に一人こもりっきりだ」 「でも、フランシスとは彼の生前から縁の続く友人なんだろう?」 「ハアァ!? 馬鹿言ってんじゃねえよ! アレとはただの腐れ縁だ!」 いきなりの大声にルートヴィッヒは驚きながら、腐れ縁か、と言って首を傾げた。 「なあアーサー、俺はあまり外のことも人間関係のこともよく知らない。けど、縁というのは双方が繋ごうとしなければ繋がらないと思っているんだ。現に、生まれてこの方兄さんとしか過ごしてなかった俺も、ほんの些細な誤解とすれ違いで縁が切れかけた。なのに、貴殿たちは何百年と縁が続いてるんだろう? それは、まあ俺と兄さんとの関係とは別だろうけど、長い時間を一緒に過ごすには十分な相手だと思う、の、だが……」 眉間の皺をだんだん深くするアーサーに気圧されて、段々と声がしぼむ。 「す、すまない……差し出た口をきいた」 「いや」 短くそれだけ言ったアーサーは、しばらく息をつめ、ふう、と大きく息をついた。 「置いてかれる悲しみで擦り切れちまって、考えたことなかったな。そうか、相手が幽霊なら、そういうのも最初からもう無えのか」 どこか達観したようなぼうっとした、いくつもの悲しみを経た老人のような一面をその童顔の下にのぞかせた。外の世界に触れたことのないルートヴィッヒには知りえない数多の悲しみが、外で様々なものに触れている彼を覆い飲み込んで去っていったのだろう。想像するしかできないそれを思い、ルートヴィッヒはそっと口を開いた。 「アーサーは、その……寂しかった、のか……?」 それを訊いていいのか測りかねている青年に、老いた魔法使いはゆっくりと視線を向けてゆるく笑った。 「ん、まあな。寂しいって感情すら、すっかり忘れてたけど」 「ならば、俺がその寂しさを埋める手助けに、なれないだろうか」 「お前が? 俺の? と、友達になるって、言ってんのか」 「アーサーがそう呼んでくれるなら」 「そりゃあ、願ってもねえことだけどよ」 喜びをうっかり隠し損ねたように頬を淡く染めてから、アーサーは、あっとひとつ小さく叫んでから苦笑した。 「ギルベルトが許すならな」 「兄さんが? 俺がここを無許可で出ない限り、兄さんがどうこう言うことはないと思うが」 「さあ、どうかな。お前の身体にそういうの描いてる奴だし」 「そういうの?」 「気づいてねえのかよ」 そう言ってアーサーは、失礼、と言ってルートヴィッヒのローブの前身ごろを大きく寛げ、よく鍛えられたその腹を指さした。臍の下あたりを指ですっとなぞると、複雑な文様が淡い桃色の光になって浮かび上がる。そのさまにアーサーはウワアと半ば呆れたようにつぶやいた。 「とーっても遠回しに言うと、悪魔の所有印ってやつだ。こんなにでかでか描かなくても盗ったりしねえって――」 その言葉は唐突な大声で遮られた。 「あーーーーー!! お前たちなにいかがわしいことしてんのー! お兄さんも混ーぜてー!」 よりにもよって、ルートヴィッヒの下腹部に触れている(ともすれば性器に触れているようにも見える)場面を下世話な幽霊に見られ、アーサーが低く呻いた。 「うげ、一番嫌な奴に見られた」 「エッ、ほんとにしてたの」 「してねえよ!!」 「誤解だフランシス。アーサーとはちょっと込み入った話をしていただけだ」 「込み入ったって意味深な方向で想像していいやつ?」 「すんじゃねえよ! ほらまたお前のせいで面倒事がきやがった」 ばたばたと騒々しく階段を駆け上がる音が近づき、ドアが蝶番からもげそうな勢いで大きく開け放たれる。 「ルッツ!!」 部屋に突入するや否やギルベルトはルートヴィッヒを力いっぱい抱き寄せ、赤い瞳を爛爛とぎらつかせアーサーを睨んだ。 「ルッツに手ェ出したらブッ殺すつったよな?」 「してねえし、するつもりもねえよ! それにこんな背丈も厚みもでかい男に手出しする趣味なんかあるか!」 「ンだとコラ! ルッツのこのむちむちボディを愚弄すんのか!」 「お前ほんっとめんどくせえな!」 それからまた喧々諤々とやりあったり茶化したり茶化されたり、たっぷり採血した直後に興奮したせいでギルベルトが失神したり、落ち着いた頃にアーサーが診察結果と経過観察の予定について話し合ったりと、にぎやかで忙しい一日が過ぎていった。 翌日アーサーは薬草の世話があるからと言って、道案内役のフランシスと一緒に帰っていった。 アーサーが泊った客間をルートヴィッヒが片付けていると、その枕元からかさっと音をたてて何かが落ちたことに気づいた。それを拾い上げると、それは四つ折りにされた便箋で、山側に「ルートヴィッヒへ」と書かれていた。 「俺に……?」 ひとつ首を傾げながら紙を広げ中身を読む。簡潔な文章を追ううちに青い瞳は驚きに見開かれた。そして見間違いじゃないかと二度三度と読み返してから、その手紙を握りしめルートヴィッヒは部屋を飛び出した。 「兄さん! 兄さん聞いてほしいことがあるんだ!」 『もしお前がギルベルトに与えられた分の愛情や犠牲を返したいと思うなら、俺に連絡してくれ。魔術を教えてやれるし、ただの人間ではなくなったお前なら治癒魔術くらいだったらすぐに扱えるようになるだろう。 ただこの件に関してはギルベルトとよく相談するように。痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免だからな。 年若き友人(とそのパートナー)の永い生が良きものであることを願っている。』 ちょこちょこ伝聞で出してた魔法使いさんを出しておきたかった&庇護されるだけの立場で長い命って暇すぎてしんどそうだなあと思ったゆえのエピローグでしたでした。 |