APH 独伊独





「うっそ、本当に来たんだ!」
「久々に会って早々その言葉は、実に心外だ」
「あっごめん、Ciao!」
「Guten tag.その様子だと用意できてないんだろう、入ってもいいか?」
「どうぞどうぞー」
恋人の会話にしては色気もへったくれもないそんな会話がなされたのは、3月17日の昼前、北イタリアの某所でのことだった。



イタリア宅の西日の当たるソファで、することもなくとろとろとしていたドイツはその日一番の会話を思い返していた。
「どうしたの、ドイツ。変な物食べてるみたいな顔して」
「別に間食してるわけではないが……、いや、今日はお前の誕生日だろう。なのにこんなに『普通』な日で良いのかと思ったんだ」
数日前、恋人に贈る誕生日プレゼントを悩みに悩んだ末、ドイツは当人に何が欲しいか訊いた。プレゼントがサプライズでなければならない理由はないだろうと考えてのことだったが、イタリアからの返事は――
「『プレゼントはいらないからドイツの時間が欲しい』って言ったのは俺だよ。ここんとこドイツ仕事に追われてドタキャン多かったじゃない。ものすごーく忙しいドイツの時間をまるっと1日もらえるなんて、今日の俺すっごい贅沢!」
「多忙の原因の一端はお前自身なんだがな」
「うわぁお……俺、今墓穴掘った?」
「霊園ができそうなくらいにな」
軽口を叩きながらドイツは思いかえす。前にもこんな話をしたことがあった気がした。
「世界で一番大好きな人と、ずーっといられるって、こんな幸せなことってないんだよ」
イタリアの声は、そのときと同じように何かを我慢するように揺れていた。

◆◆◆◆◆

「世界で一番大好きな人と、ずーっといられるって、こんな幸せなことってないんだよ」
イタリアは呟くように言った。
二人と仲良くしていた花屋の店主が、長年連れ添った妻を看取った数週間後に後を追うようにして病で亡くなったという話を人づてに聞いた、その日の晩だった。
「だからね、奥さんとしょっちゅう喧嘩してたけど、あのおじいちゃんは幸せだったと思う」
自分はそうではなかった、というニュアンスのある言い方にドイツ怪訝に思った。そして少しして、以前イタリアが『初恋』の話をしていたことを思い出す。
「よければ聞かせてくれるか。その、『世界で一番大好き』だった人の話を」
「だった」と過去形にしたのは、恋人同士である以上、自分がその地位に居ると思いたかったからだ。
イタリアは目を丸くして、少し迷った後、口を開いた。
「まわりでなんとなく禁句みたいな話だったからあんまり喋ったことないんだけど……うん、ドイツならいっかな」
そこからぽつぽつとイタリアは語りだした。
よくちょっかいをかけられたり、睨まれたりしたこと。
ときどき不器用に優しくしてくれたこと。
同い年くらいの相手がお互いしか居らず、家主と使用人の間でありながらよく一緒に遊んだこと。
今思えばドイツに少し似ていたこと。
懐かしそうに語る顔は幸せそうだったが、暫しの沈黙の切なげに歪んだ。
「だけどね、いなくなっちゃった」
「いなくなった?」
「ある日突然馬車に乗ってどこかいっちゃった。『絶対また会おうね』って言ったのに、それっきり。俺の背丈がこーんなちっちゃかったときの大昔の話だけど、何百年経っても忘れられないんだぁ」
無理して笑うイタリアに接すればばいいか分からず、「話してくれてありがとう」とだけ言って栗色の髪を撫でた。

◆◆◆◆◆

今なら、相応しい態度がとれるだろうか。
夕食を作るためにキッチンでくるくると動いているイタリアに近寄れば、にこりと笑顔を向けられた。
「夕食何にしようか?ドイツが持ってきたケーキもあるから多過ぎないようにしないと」
昼に買った食材の山を見ながら考え込むイタリアの手を取る。力の抜けたその手の小指を取り出して、ドイツは自分の小指と絡めた。いつかの約束の再現だった。
「俺の時間が欲しいなら、1日だけなんて控えめなことを言わずに、もっと欲張ればいいんだ」
「えっ…」
「いや、違う、そうじゃない……つまり、だな」
ひとつ咳払いをして、ドイツは言う。
「俺が与えられる限りの時間を、お前が望むだけやると約束する。この約束がお前への誕生日プレゼントということにしてくれ」
だいたいイタリアがゲスト側なのにプレゼントがデートじゃ意味がない、などと目を逸らしながら言い訳じみたことをぶつぶつ繋げて、ふっと視線を合わせると、飴色の瞳からぼろぼろと雫が溢れているのが見えた。
「ど、どうした!何かまずかったか!嫌なら破棄――」
「ちが、ちがうんだよ、ドイツっ……俺、嬉しくてっ」
涙を零しながら勢いよく抱きついてきたイタリアをしっかりと受け止め、ドイツはどうしたらいいか手を迷わせた末、あやすように背中を撫でた。
「『ずっと一緒』なんて諦めてたのに、いつ終わってもいいように、心の準備してたのに、そんなこと言われたら諦められないじゃんかああ」
しゃくりあげて喋りながら、ドイツの肩を濡らしていく。そこに呆れたような溜め息が聞こえてイタリアの方がびくりと震えた。
「へたれでナンパ癖が治らなくて馬鹿で苦労ばかりかけさせるお前のことを重々承知した上で、それでもこういう約束を言いだすくらいにはお前に参ってるんだ。諦めるとか、言うな。何百年経ってもお前を愛してるし、離れるつもりはない」
気の利いたことが言えないなりに言葉を選んで告げれば、イタリアの泣き声が一際大きくなって今度はドイツがびくりと震えた。
「俺の誕生日なのに、なんでこんな泣かされてるんだよぉ」
「それは……悪かったな。不可抗力だ」
涙は止まる様子を見せず、どっちも手がふさがっている以上いつまでたっても夕飯は作れそうにない。後でどこかに食べに行くことを提案すれば、頷くだけの答えが返ってきたので、とりあえずソファに座って時間が経つのを待つことにした。



ふと、イタリアからの『約束』の返答を貰っていないことに気付く。
ここで訊いたらまた泣き出すだろうか。






へろ氏とチャットして出たネタで伊誕。
公式最大手的な彼らと書くにおいて、神ロのことと鋼鉄条約ははずせねえな、とジャンル黎明期から知ってる者としては思う訳です。