ヘタリア 英+米
※ モブ視点




僕が彼に初めて出会ったのは、夏のはじめの、あとひと月もしたら夏休みに入った学生たちが街に出てくるようになるなあ、といった頃だった。
パトロールの途中で飲み物を買って、パトカーに寄りかかりながらそれを飲んで休憩していると、道の端をふらふらと歩く人影が見えた。酔っ払いが出歩くには早い時間だし、熱中症だったら助けないとと思っていた矢先、彼はふらっと壁に寄りかかってそのままずるずるとへたりこむように座ってしまった。
この辺りは治安の悪い方ではないが、さすがにそんなとこに倒れていたら手荷物を盗まれてもおかしくない。慌てて僕は彼を助け起こしに走った。

うつむいて座り込んだ彼の正面に膝をついて、肩をたたく。
「すいません。あなた、大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
すると唸り声のような応答はあったから、意識はあるようだ。見たところ外傷はないが、顔色はひどく悪い。
「救急車呼びますか?」
「いや、いい。怪我もしてないし、病気じゃない。ただこの時期はいつも体調が悪くてな……」
青い顔を起こして彼は、無理やりににっと笑って見せた。主張の強すぎる眉毛が強気に心配すんなと伝えてきている。
「そう、ですか。立てますか?」
「まあ、なんとか……うおっ」
肩を支えて起こそうとすると、彼はやはり立てないようでまたへたりこんでしまった。
「やっぱ救急車呼びます!」
「いや、やめてくれ。そういうんじゃ……」
そう言って彼はげほげほと咳き込んでから、そのまま意識を失ってしまった。
「ええええええ嘘おおおおお!!!」
腕の中で守るべき市民が失神してしまったことに僕は一気に混乱してしまい、とりあえずどうにかしなきゃと思った僕は彼をパトカーに乗せて署に走ったのだった。
今思えば、僕が警察でなかったら完全にならず者の行動だったと思う。


「んあ……?どこだここ」
「お目覚めですかな、ミスター・カークランド」
目を覚ました眉毛の彼に一番に声をかけたのは、僕と一緒に彼が目覚めるのを待っていた署長だった。
彼は体を起こしぐるっと見回して、ああここ警察か、と呟いた。
「ってことはお前スミス巡査か。久しぶりだな」
「とっくに署長になってますよ、ミスター」
「そうか。なんで俺はここにいるんだ」
「うちの若いのが道で倒れたあなたを助けたんですよ。体調が悪いのに一人で出歩くなんて不用心なことをなさる。こいつが見つけなかったら、今頃あなたの財布や時計は盗まれてましたよ」
「悪い。心配かけたな」
「何事もなかったようならなによりですけどね。――おい、ジョーンズ」
カークランドと呼ばれた彼は署長の半分くらいの年にしか見えないのに、不思議な距離感で話すなあとぼーっと見ていた僕を、いきなり署長が呼んでびくっと背筋が伸びた。
「は、はい!なんでしょう!」
「ミスター・カークランドを家まで送ってさしあげろ」
「はいっ、了解です!」
カークランド氏は僕のほうをちょっとびっくりしたような顔で見て、ありがとう、悪いがたのむ、と言った。



パトカーで隣に座る彼は、しばらく休んだからか顔色はだいぶましになっていた。それを横目で見てほっとする僕に、彼は話しかける。
「お前、ジョーンズっていうのか」
「あ、はい。珍しい名前でもないでしょう?」
「いや、俺の弟――元弟?が同じ名前でな、そいつの誕生日がもうすぐなんだ」
「へえ、面白い偶然ですね」
弟というのに名字が違うのが気になったが、何か家庭の事情でもあるのだろうか。
「そのバースデーカードを買いに行った矢先にあのザマだったんだ。手間かけさせちまって悪かったな」
「いえ、市民の平和と安全を守るのが我々の仕事なので」
「ははは、さすが我が国の『天国』の警察だな。――うーん、でもやっぱ妖精さんに無理言ってお使いさせればよかったな」
「………………まだ体調悪かったりします?」
「いや?だいぶ良くなったぜ」
カークランド氏は案外電波さんなんだろうか……。
「なあ、ジョーンズ巡査。お前がバースデーカードもらうんだったら、どんなんがいい?」
「え、僕ですか。うーん……」
思い当たるのはあるが、子供っぽいと笑われそうで躊躇った。けど、まあいい案が浮かびそうにもなかったので正直に言った。
「僕、ディズニー好きなんです。だからそういうのが描いてあって、開くとメロディ鳴るやつとかもらうと楽しくなっちゃいますね」
するとちょっと間があって、小さく笑う声が聞こえた。
「聞いといて笑わないでくださいよ……」
「いや、ありがとう。参考にさせてもらう。――ああ、ここで下ろしてくれ。ありがとう。後日礼はさせてもらう」
そう言ってパトカーを降りた彼は、きれいに手入れされた薔薇園のある庭に消えていった。



彼の話していた『弟』に会ったのは、その2週間ほど後だった。
うちの管轄内でひったくりが発生したらしく、その犯人を現行犯逮捕してわざわざ署まで連れてきた一般市民がその『弟』だったのだ。
「本来は我々の仕事なのに、すいません。ご協力感謝します」
「なんてことはないさ!だって俺は世界のHEROだからね」
そんな会話をしながら調書を書いていると、眼鏡の彼は僕が書いていたそれをのぞきこんでOH!と声を上げた。
「な、なんですか」
「もしかして君がジョーンズ巡査かい?少し前に、ほら、眉毛のすごい金髪の男を助けたっていう」
「ああ、カークランド氏のことですか。それだったら、はい、僕です」
「俺の兄……みたいなやつが世話になったね」
その発言で眼鏡の彼がカークランド氏の弟のジョーンズ氏であることが分かった。
「めんどくさかっただろう、彼」
「そんなことはないですよ。不思議なひとではありましたけど」
「HAHAHA!あ、もしかしてバースデーカードも君が助言したのかい」
「え、ええ。ディズニー、好きなので」
「俺も大好きさ!彼もまた世界に夢を与えるHEROだね!あの眉毛がよこした近年のバースデーカードの中で一番らしくなくて愉快だったからすごく覚えてるんだ。素敵な助言をしてくれてサンクス!」
そう言ってジョーンズ氏は、あ、と言って気まずげに顔をゆがめた。
「『地獄』のコックから君に礼の品を預かってたんだ……」
「地獄のコック?」
「あの眉毛のこと。彼に悪気はないんだけどとんだ暗黒物質だったから、このHEROが適切に処理しておいたよ。代わりに俺から後日お礼の品を送るよ」



その5日後、世界一有名なネズミの印が描かれたプレミアムチケットが署に届いて、悲鳴を上げてしまった僕は先輩に頭をはたかれた。






めり誕によせて、コンビ版ワンドロ【味音痴コンビ】【警官】のお題で書いたもの。
一般人シリーズな感じで書いたのはおそらく初めてだけど、なんだか評判よかったのでわりとお気に入りの1本です。

『天国』の警察・『地獄』のコックはエスニックジョークの英国のアレ