ヘタリア 朝菊朝





日本が時々見えないハートを落とすことに気付いたのは、ある日の世界会議の休憩中だった。
俺が自販機で飲み物を買って帰るとき、廊下のソファーに座って日本はスマホを見ていた。会議中は固い顔をしていたのにそのときはよく見ればわかるくらいには表情が緩んでいて、何を見ているのだろう、と思った瞬間何か赤いものが落ちたのを発見した。
「おい日本、なんか落ちたぞ」
俺が足元を指さしながら指摘すれば、彼は驚いた顔をして足元をきょろきょろと見た。その視界の中に確実に入っているはずのそれが日本には見つけられないらしく、近くまで寄ってその赤いものを拾ってやって差し出せば、その手にはもう何もなかった。
「これだ――あれ?」
「……?」
「すまない、気のせいだったみたいだ」
「そうですか」
ごまかし笑いをしながらそれとなく日本のスマホの画面を覗き見ると(紳士的じゃないのはわかっている)日本が飼っている犬の写真が表示されていた。

気のせいだった、とは言ったがその赤いものを拾ったときに触った感覚はあった。ということはつまりこれは超科学的なもの、妖精さんの類と似た物だと推察した。幸い俺はそういったことに造詣が深いからその結論に至ったのは自然なことだったし、あながち間違ってもいないこともわかった。
そして同時に、俺の興味を強く惹くものだった。妖精さんや幻獣由来のものではないのに、常人には不可視の謎の物体。長い生でも見たことはなかったし、何かの役にたつかもしれない。何よりもその正体が気になる。というところから俺の観察は始まった。

日本が落とすそのハート(の形をしていると後に分かったもの)は、どうやら俺以外には見えておらず落とした本人すら視認できていない。触れば柔らかい感触があるが、そして自然経過で消える。
そして最大の特徴は、日本が何かプラスの感情を持った瞬間こぼれ出るものらしかった。一番わかりやすいのは、おいしいものを食べたとき。他には、かわいいものを見たとき。飼っている犬や猫を構っているとき。季節の移り変わりを感じたとき。漫画やアニメを見ているとき。
そしてその時の感情がその黒い文字でハートに書かれていることがあった。「幸せ」だとか「おいしい」だとか「かわいい」だとか。
それを読むたびにこの気のいい友人の心を無遠慮に覗き見ているみたいで罪悪感があったけども、それでもそのハートを見たくて俺はいつしか日本の傍にいることが多くなった。



俺が作っていたテディベアの服や、今まで作った完成品の写真を見て日本がちいさなハートをぽろぽろこぼしているのを見て満足感に浸っていると、ふと、日本が顔を上げて言った。
「そういえば、ここのところ私の家に来ることが多いですけども、何かあったのですか?」
言われて思わずぎくりとする。お前の心を覗き見るような真似が楽しくて、なんてとてもとても言えやしない。
「な、何かって?」
「例えば、そうですね、家の方に居づらい理由があるだとか、騒音被害がひどいだとか」
本当に心配して言ってくれてることに少しほっとして俺は否定する。
「いや、そんなことは一切ないぞ。善良な近隣住民たちのおかげで静かに過ごせてるし、兄貴たちは出てったきり全然会わねえしな。アメリカがアポなしで来たりするけど別に迷惑ってほどじゃねえ」
「おやそうでしたか」
ではなぜ、と言いたげな日本に俺はにこっと笑って見せる。
「ここが落ち着くから、かな。エキゾチックな雰囲気でありながら静かだし晴れ間は多いし、さりげなく植わってる木々の花々は綺麗だし。それに飯も美味いしな。喋ってるのも楽しいけど、それぞれ勝手に好きなことやってる時間とか好きだし、ぽちやたまと遊んでる日本見てるとかわいいなって思うし――」
観察が露見してないことにほっとして油断してしまったのか、俺の口は余計なことをぺらぺらと喋る。そして気付いたときには日本は少しうつむいて赤くなっていた。途端、すごく恥ずかしいことを言ってしまった気がして焦ったが、お得意の二枚舌はこういうときに限ってうまく動かず、あ、とか、うう、とか妙な呻き声しか吐き出さなかった。
「あ、ありがとうございます……」
ほとんど消えそうな声で日本が言った言葉をきっかけに、やっと俺の口はまともに動き出した。
「えっと、ああ、あれだ、俺がいると邪魔とか落ち着かないとかなら遠慮なくいってくれよ。お前に迷惑かけたいわけじゃないんだ。その、大事な、と、友達、だからな」
「いえ、そんなことはありませんよ。気にしないでください。 ああ、お茶がきれてますね淹れてきます」
そう早口で言い切った日本は急須を持ってぱたぱたと台所に消えていった。

自分の頬が妙に熱くなっていることに気付いて顔をむにむに揉んでごまかしていると、視界の隅、ちゃぶ台の下に隠れるようにして、握りこぶし大のハートが落ちているのが見えた。今までにないくらいに大きく、色が濃い。
それを手に取るとほんのり暖かく、その中央には小さく黒い文字で「すき」と書いてある。
いったい何に対しての「すき」なんだ?ぽち達や料理に対してとは別の?
そう思うと胸の奥がざわざわと落ち着かなくなって苦しくなった。

少しして今度はゆっくりと歩いてくる足音が聞こえ、思わずそのハートを背中の後ろに隠すと、それには気付かなかったらしい日本がお茶を持って俺の隣に座った。
そして空になった湯飲み2つに茶を入れて、熱いのでお気をつけくださいね、と言いながら片方を差し出す。
「さっき、うちに来ると落ち着くし楽しい、って言ってくださいましたよね」
「お、おう」
やり過ごしていたはずの話題を蒸し返されてにわかに動揺する。
「それね、私も同じなんです。イギリスさんと一緒にいると、落ち着くし楽しいんです。それぞれ一人で過ごしてても許されてて、でも一緒に何かを見てるのも楽しい。何千回何万回と見てきたはずの花も月も星も、あなたと一緒に見ると一層美しく見えるんですよ。不思議ですね」
そう言って日本は淡く微笑んだ。
瞬間、胸がどきりとして背筋が伸びる。そして何か赤いものがちらりと見えた。
「おや、イギリスさん。何か落としましたよ」
畳に落ちたそれを、なぜか日本は視認して拾い上げる。
握りこぶしくらいの大きさの――心臓と同じくらいの大きさの、真っ赤な薔薇色のハート型をしたそれには、緑色の文字で『I Love You』と書かれていた。






コンビ版ワンドロの【島国同盟】【ハート】のお題で書いたもの。
どいつさんがときめくとハートが飛び出すアレがかわいすぎるので、軽率に他のキャラにもさせたくなる。