ヘタリア 悪友コンビ





7月14日。
『政府は帆であり、国民は風であり、国家は船であり、時代は海である』というドイツの作家の言葉にのっとるならば、国民という勢いある風に吹かれ帆が切り替わり、時代の潮が方向を変え周りを巻き込んで船が進路を変えた。そういった日である。
大多数の平民にとっては権利を得るきっかけになった日であり、ある王家にとっては悲劇の始まりであった日だ。と、その王家の傍にいたひとりの男は思うことがある。そんな感傷に浸ることもある。
「こともある」であって、今がそうであるとは限らないのだが。


この日はパリのみならず、フランス全土で様々な祭りが開催されている日である。つまり祭りを主催する者がいるということである。祭りの開催には前々からの入念な下準備が必要であるしその日が近づくにつれて忙しくなる。そして当日も主催者には休みなどなく緊急の問い合わせに奔走して、自分が関わった祭りを楽しむ余地などないのだ。
「もーーーー!俺の誕生日なのに忙しいことなんて、ぜーったいやってられない!やってられないからストライキしーちゃお!」
近年のストライキ癖に慣れ切った齢千年を超えるフランスという国家を体現する男は自宅でいそいそと手紙を書いていた。そしてそれをピエール何号か忘れたような伝書鳩に託して放つ。賢い鳥だから職場の自分のデスクに無事届けてくれるはずだ。
『はれの日に祭りのトラブルシューティングなんて、俺には向いてないからストライキしまーす☆ 全権は君に預けるよ 責任は後日俺がとるからさ!』
部下にあてたそんな手紙を。

そんな手紙をこの日に送るのは実は今年が初めてではない。
おととしはなんとなくマイブームが起こって、ストライキ宣言をした後マジカルストライキに変身してパリを練り歩いていた。当然目立つ格好なので部下に連れ戻された。
去年はさすがにコスプレはせず、手紙を送ったあといつも通りにパリの街を歩いていた。それでも見つかって連れ戻された。
今年は。
姿見の前でフランスはうーんと唸る。去年はいつも通り洗練されたファッションをしていたから見つかったのだと彼は分析していた。ならばダサい恰好をしていれば見つからないのではないか?ということに思い至ったのだ。
観光客に見えるように「I?PARIS」なんてでかでかと書いてあるTシャツに(そもそも英語で書いてあること自体が気に入らない)、ひと昔前に流行った上着、だるっとしたジーンズをこのために買い揃えた。
鏡を見ながら髪をひと房つまんで、離す。さらさらを流れ落ちたそれを改めて固めたり染めたりするのも美しくないと思って、そこだけは普段通りに。しかし変装らしく黒ぶちのごつい黒メガネをかけた姿を鏡で確認して納得し、意気揚々と家を出たのだった。


綺麗に晴れた青空には、白く鮮やかに伸びる飛行機雲が踊っている。空軍の飛行ショーが始まっているのだ。
シャンゼリゼ通りにはパレードが練り歩き、楽団の演奏もさることながら声援も実ににぎやかで喜びに満ち溢れている。
露店もあちこちで開かれ客引きの声が響き、大道芸をしているものの周りには人だかりができて見せ場の瞬間わっと歓声があがるのが、見ていなくても楽しい。
そしてそれを「今年も始まったな」と眺めているパリジャンたちもいるし、パリまで登ってきた国民や他国からの観光客はきらきらした瞳であたりを見回している。
その光景を見てフランスは、ひとつ大きく息をついた。これが見たかった。この喜びに満ち溢れた光景が見たくて、その渦中にいたくてこうやって出歩いている。美しいこと、華やかなこと、それこそがフランスたる男の神髄であると再確認できるのだから。



そんな満たされた思いにふわふわとしながら、何をみるともなしに歩いていると、華やかな通りの路地裏、光が輝く分だけ暗く陰るそこからふいうちで手が伸び、光のもとからフランスを引きずりだした。
その無法者の腕は油断していたフランスの瞬く間に後ろ手に縛りあげ引きずり倒し、左手で口をふさぎ背中に膝を押し付け体重をかけて逃げられないように固定した。
唐突な無法者の襲撃にフランスの喉がひゅっと鳴る。そして次の瞬間、観光客のようないでたちはこういった者に狙われやすいことを思い出した。今更。
何をされても死ぬことはない体だが、痛いのは御免である。せめてもの抵抗に口をふさいでいる手の端を力いっぱい噛めば、
「痛っっっでえ!!Scheisse(くそっ)!」
聞きなれた声とドイツ語が耳に入って、思わず間抜けな声音で「え」と声が漏れる。
顔を固定されていた左手が離れた瞬間振り向けば、案の定旧知の友人がそこにいた。サングラスをしている上に髪色までいつもとは違っていたため、一瞬誰だか分らなかったが。
「え……ぷ、プロイセン?」
「おう、俺様だぜ。あーくっそ、思いっきり噛みやがって。傷残ったらどうしてくれんだよ」
「え、は、ええ?なんでここにいんの。ってか何これ、何で俺プロイセンに拘束されてんの」
「お前の部下から依頼されたからだな。『明日うちの祖国が脱走すると思うんで、見つけ次第捕まえてほしいんです』って。昨日」
「えええええ……」
行動を先回りして対策をとられていた挙句、見事にひっかかってしまったことにひどく気落ちする。
「今年こそはちゃんと擬態したはずだったのに……」
「おっまえ……そんだけダルダルのダサダサの恰好して、きらっきらの髪とぴかぴかのブランド物の靴だったら逆に目立つっつーの。わざとらしすぎてデコイかと思ったぜ」
「デコイしてくれるような部下なんていませんよーだ」
「あ、スペインに連絡しねーと」
フランスを拘束したままプロイセンは片手で器用にスマホを操りスペインに電話をかけた。
「あ、俺様だけどよ、フランスの野郎見つけたから合流しに来い」
『そーなん?おつかれさん』
「〇〇通りの5番目のカドんとこな」
『了解。あー、ちょっと待ちぃ』
「なんだよ」
『俺、今警察おんねん』
「はぁ!?」
『やっぱこういうとこって観光客狙いのスリとか強盗とか増えるやん?うっかり見つけてしもうて、俺そういうの許されへんねん、捕まえてひっぱってたら、また別なの見つけてな?で、5人くらい最寄りの警察に引き渡してるとこやねん』
「うわあ」
『俺んちだと顔パスきくのにこっちじゃそうもいかんのめんどいな。あとで話つけといて、ってフランスにいっといてや』
「だってよ」
「りょーかい。うちの治安維持に貢献してくれてありがとね…メルシ。俺の名前出しておいてくれてばあとでどうにかするから」


そんなやり取りがあって15分後にようやくスペインが二人の元に合流した。
彼が来るまでがっちり拘束されていたフランスは、ようやく解放されてやれやれと服のほこりを払った。お前の戦力は信用してないけど逃げ足だけは信用してるからな、というプロイセンの宣言の元、援軍が来るまで解放されなかったからだ。
「で、俺はくっそつまんない職場に引き戻されるわけ?」
あきらめ顔でそう言えば、プロイセンとスペインは一瞬顔を見合わせて、にやぁと笑った。
「うちに来た連絡は『見つけ次第捕まえてほしい』だったんだが、お前んとこはどうだ?」
「こっちも同じやなあ」
「ってことはー?」
「捕まえておけばええねんな?」
そう言って二人はフランスの両脇を抱えるように、彼を真ん中にして腕を組んだ。
「他国や上司が絡むパーティは夕方からって情報はヴェストから聞いてるぜ」
「ってことは門限は夕方やんな?それまでは自由時間やんな?」
「「ってことで、祭りの観光案内よろしくたのんだぜ(で)!!」」
にかっと悪い顔で笑う二人に、フランスはひとつ苦笑を返した。いろいろとごたごたもあったけども、彼らを嫌いになれない理由はきっとここにある。
「はいはい。観光案内はお兄さんにまかせなさい。ここの通りをまっすぐ中央に向かって――」



一人で歩くのも楽しい祭りは、友人と共にであればひとしおだ。
当たり前のことを改めて実感しながら自分が築き上げた祭りを心行くまで紹介して回るのはまた違った楽しさがある。
そんなことを齢千歳越えにして改めて実感するのであった。






コンビ版ワンドロ【悪友コンビ】【派手コンビ】【眼鏡】のお題で、兄ちゃん誕に寄せてかいたものでた。
人探しするならと、目立つ銀髪赤目を隠すためにブルネットに毛染めしてグラサンして普段着ないスーツを着て隠蔽高めた結果マフィアの幹部みたいになったぷーちゃん、というのを入れようとおもって入れ損ねた。