ヘタリア 伊+独

※ ドイツさんの性質(?)について色々ねつ造しています



ざざ、ざざ、と波が寄せては返す音が静かに響いている。
ぱちぱち、と乾いた木の枝が燃えて小さく爆ぜる音が、それに時折混じる。
一瞬だけ強く吹いた風が炎を揺らし、木々がざわめく。
耳を済ませれば自然の音がさまざまに聞こえるのに静かだと思える、そんな不思議な夜だ。
ドイツとイタリアと日本とで遭難しているというこの状況こそがそもそも不思議ではあるのだけど。



光があると寝付けないと言っていた日本は焚火から少し離れて眠っていて、逆に誰かの傍でないと寝付けないらしいイタリアは焚火の傍で横になっている。ドイツは火の番として薪をくべながら起きていた。
「静かだね」
横になっていたイタリアがごろりと焚火の方を向くように寝返りをうって、日本の方には聞こえないように小声でそう言った。
「まだ起きていたのか。明日も救助を探すんだから、疲れはとっておけ」
「わかってる」
「眠れないなら羊でも数えておけ。――いや、星を数えていた方がいいか」
ドイツの視線が上を向く。それに促されてごろりと仰向けになれば、そこには近年ではほとんど見ることのできない満天の星空がいっぱいに広がっていた。
「うわああ!」
「おい、声」
「あ、ごめん。うん、綺麗だねえ。なんか、すっごく久しぶりにこんなにいっぱいの星見た気がするよ。近年は街の明かりが多いから」
「そうだな。俺も……いや、俺は初めてかもしれないな。戦う相手も敵性生物もいない場所で、穏やかにこんな星空を見るのは」
「え、うそ」
「嘘じゃない」
「ちっちゃいときとか、夜中に家抜け出して星見に行ったりしなかった?」
「兄貴に連れ出されて星の向きから方角を割り出す方法を教えてもらったことなら何度か。それでも街からそれほど離れることはなかった。あとはもう前線のキャンプ地でばかりだったな」
「うわあ。そういえばお前、すごく若かったっけ」
何の考えもなしに思ったことを口にすれば、ドイツの機嫌が少し下降したのがむすっとした雰囲気で伝わった。
「別にドイツが老け顔って言ってる訳じゃないよ」
「知ってる。お前が何も考えてないことはな」
「ひどい!」
ドイツの近く這いずって抗議するように頭を脚にぐりぐりと押し付ければ、なだめるように大きな手が頭をぽんぽんと優しくなでた。
「そういえば、俺がこんな星を『見た』ことはないが『見た記憶』なら断片的にある」
「ふぇ?」
「どうやら俺は多少特殊な生まれらしくてな、元ゲルマン系国家だった諸邦の兄貴たちの統一の象徴だからか、彼らの記憶が時折俺の中に入ってくることがある」
「へええ!なにそれ、自分の記憶じゃない記憶がお前の中にあるの」
「そういうことだ。兄貴たちから俺へ、文化や伝統が代替わりする際のエラーみたいなものだろう。その中に随分と幼くて旧い記憶がある。そうだな、ちょうどお前が言ったような、家を抜け出して野原に寝転がって星を見る記憶だ」
「えっ」
ひゅっとイタリアの喉が鳴ったのを、その旧い記憶を思い出すのに集中していたドイツは気付かなかった。
「俺が生まれたときにはそこそこ背丈があったから、誰かわからないその記憶の主は俺ではない。そうだな、大型犬の体高くらいの視線だった。その『誰か』は同じくらいの背丈の別の誰かの手を引いて、古くて大きなつくりの屋敷からこっそり抜け出していた。その屋敷の周りに家はないから少し歩けば野原で、連れてきた誰かと二人満天の星空を見上げていた」
「ねえ、その『誰か』に心当たりはある?」
「ないな。というか、教えたことのない自分だけが持ってるはずの記憶を、弟とは言え別の誰かが知っていたら不気味だし恥ずかしいだろう。だから兄貴たちにこれはあなたの記憶か、だなんて聞いたことはない」
「それもそっか」
「あの星空の記憶はその野原で寝落ちたところで終わっているんだが、きっと翌朝家人に怒られただろうな」
「ふへへ、そうかもね。すんごいこっぴどく叱られて、反省するまで部屋に閉じ込められて、ごはん抜きなんて言われたりして」
「子供に対してそれは虐待ではないのか……?」
「昔なんてそんなもんだよぉ」
「ふむ、そんなものか。――さて、本当にそろそろ寝ろ」
「ん、そうだね」
火に背中を向ける形でまたひとつ寝返りをうった頭を、ドイツはまたひとつなでて、おやすみと言った。



あの夜の記憶は自分だけのものではなかった。どこかに消えてしまったわけではなかった。
でもきっとあの子は帰ってこないだろうなんて諦めきれなかった想いがじくりと胸をさす。

瞼を閉じたイタリアのアンバーの瞳から、ちかりと一粒星が落ちた。




コンビワンドロ【お花夫婦】【星】のお題で書いたものでした。
割と何度でもいうけど腐作品じゃない対するこのコンビ名納得いってないし、主人公コンビじゃいけなかったのかといつも思ってる。

言わなくても伝わってると思うけど、「星空の記憶」は神ロくんとちびたりあの間で本当にあったできごと、という設定でした。