ヘタリア 味音痴

※ モブ一般人注意



ぴろん、と音がしてスマートフォンを手にしたアメリカは、届いたメールを読んでちょっとだけ眉をしかめてから苦笑した。
『また映画を作ったんだ!今回こそ君がおもしろいとしか言えないものに仕上がったんだぞ!是非みてくれよ』とアメリカからイギリスにメールを送ったのは数日前だ。その返信だった。
相も変わらず、よくここまで批判するための語彙と表現がぽんぽんとでてくるなあと怒りを通り越して感心してしまう。「退屈」「虚無」「下品」「煩い」そういった内容が手を変え品を変え、ユーモアさえ交えてつらつらとつづられているのは少し面白い。
とはいえ、今回こそ自信作だったのだ。こんな反応が返ってきて多少の落胆はある。制作に携わったアメリカ自身でさえ、10回見れば10回引き込まれる出来だったのに。

しかし思い起こせば、アメリカが作った映画をイギリスに見せたときは、別の地に居ればこうやって批判の文章を送ってよこしたし、一緒に観れば劇場を出てからアメリカに直接批判を喋っていた。ひとつの例外もなく。もちろん、すべてがアメリカの自信作であった。
一緒に観ていたときちらっと隣を伺ったことも何度かあったが、よくてあの太い眉毛を限界までひそめていて、悪ければあくびをしているか寝ていた。つまり彼の批判の言葉に嘘はなく、つまらないと思っているからつまらないと言っているだけに過ぎないことはよくわかった。


メールを見つめながら「むー」と口をとがらせて唸っていると、隣にいた老人が「どうしたんだい」と訊いてきた。ちょうど今撮っている映画の監督だった。
「なあ聞いてくれよ!俺が作ったあの映画、こーんなに批判されたんだ!まったく、あんな面白いものをつまらないって言い切るなんて、あいつ本当にどんな感性してるんだい!」
そう言って監督にスマートフォンを見せると、彼はくつくつと笑った。
「なにがおかしいんだい!あれは君と一緒に作ったものだろう?」
「いや、このメールの彼は実に気難しそうだと思ってね」
「まったくだよ。精神がねじまがってるんだ」
「ははは、そこまで否定するものではないよ。君は自由の国の体現だろう、多様性は認めなければ」
「む……」
そうやってまた口を尖らせれば、監督は笑みを深くした。
「君はもしかして、彼に認めてもらえるような映画を作りたいのかい」
「べべべべ、別に、そんなことないんだぞ!俺は俺の作りたいものを作るんだ!」
「はは、そうか」
「だって、スーパーヒーローが巨悪を倒してハッピーエンドが一番幸せで楽しいだろう?だから俺はそういうのを作っていきたいんだぞ」
嘘と本音が入り混じった祖国の言葉を半分聞き流しながら、監督はメールの送り主の登録名を見て、ひとつ頷いた。
「この大西洋の向こう側の彼は、きっと派手なのは好まないのだろうね。日常の中の中の不可思議や疑問を拾い上げて見つめるタイプなのだろう。あとリアリストを気取ったロマンチストなのだろう。バッドエンドは嫌いじゃないけど、ハッピーエンドはきっともっと好きだ」
「え、え、確かに彼はそういうところあるけど、なんでそこまでわかるんだい」
「君の話を昔から聞いていれば察するのはたやすいよ。――そうだ、この間没になった単発ドラマ用のシナリオがあるんだけど、短編映画として一緒に作ってみないか?」


その監督の人望で集めた人材による、アマチュア的な短編映画が作られた。
制作メンバーは皆プロとしてやっていける人材だったが、アメリカへの好意でもって制作に参加した。「あの祖国様がこんな作品に着手するなんて!」という好奇心が半分以上を占めていたが。
プロによる商売を度外視したアマチュア的映画は、アメリカからすれば陳腐なストーリーだったが、制作陣のやる気によって瞬く間に完成した。



アメリカはヒーローが好きだ。自分こそがヒーローだと思ってるくらいにヒーローが好きだ。
だからこそ、作る映画はヒーローの勧善懲悪物が多い。超人的なパワーを持ったヒーローが、苦節を乗り越えて、仲間と志を同じくし、巨悪を倒す。戦いの表現は派手であればあるほどいい。そんな方針だ。そしてそれはアメリカ自身が観てて楽しいと思っているし、イギリス以外の人たちには好意的に受け入れられていた。
「自分が面白いものが他の人にも面白いとは限らないんだ。それが多様性というものだよ」
そう言われて一緒に作った映画は、ある意味ヒーローが主役ではあるけれども圧倒的に地味で淡々としていた。



だから、イギリスには「勿論主役はヒーローだよ!」と言って、自宅のスクリーンでそれを見せた。

同じ組織に務める一組の男女。
話も合うし好きなものも共通している。話しているうちに、お互い意識するようになって、そしてそれを二人ともが察していた。
しかし恋人同士になろうとする直前、些細なすれ違い、些細な言葉の選択ミス、些細なタイミングの悪さで決別してしまう。
そこからすったもんだあって、女性の大切なものを守るために身を挺した男性は怪我をして、でもそれを守り切ることができて病院で手当てを受ける彼。
待合室で携帯を見ると、遠方に出張していた彼女から、プロジェクトが大成功を収めたと連絡が来る。彼女がずっとぴりぴりしていた原因はそれだったのかと納得した彼はほっと大きく息をついて、彼女に告白する算段を幸せそうな笑顔で考える。
そんな陳腐なラブストーリーだった。
主人公の彼はなんの力ももたない一般人だけども、彼女にとってはヒーローだった。そういう話だった。

アメリカ自身としては自分が作ったものだから思い入れもあるし悪くないと思っている。けどこんなに陳腐でよかったのかと思いながら、ちらりと隣を見た。
イギリスはあくびをしているわけでも寝ているわけでも、眉をひそめているわけでもなかった。スクリーンにじっと見入っていた。そんな反応は初めてだった。
それにびっくりしている間に短めのスタッフロースが流れ終わって、タイマーをつけておいた部屋の電源がふわっと点いて二人とも意識が現実にもどった。
「えっと、今回の映画、どうだった?」
「あ、うん」
けほん、とイギリスはひとつ咳ばらいをして。
「主役の演技がへったくそだったな!暴漢も恐ろしさが足りねえ!」
そう言ってイギリスからの批判はつらつらと続いた。それを聞いてアメリカはやや肩を落とす。
監督が自信をもって「彼ならこれを気に入ってくれるはずだよ」と言ったから、良い反応を期待していたのだ。ちょっとだけだけど。
「でもまあ、今までのよりはマシだったかもな」
批判を締めくくったイギリスの口角は上がっていた。今まで見てきた『映画に満足した観客』と同じように。
「そうかい。じゃあ作った甲斐があったってもんさ」
満面の笑みでそう返せば、散々批判したのに笑顔を返されたイギリスはひとつ不可思議そうに首を傾げた。

きみ、三枚舌が得意技なくせして、いつのまに嘘がそんなに下手になったんだい。
なんて言葉は胸の内にしまっておくことにした。




コンビワンドロ【味音痴コンビ】【うそつき】で書いたものでした。
なんか気が付くとメリカに映画観させたり映画撮らせたりしがちなのは、近年マーベル映画よく観てるからかもしれない。