ヘタリア 普独





約40年の長い別離を経て再統一を果たしたドイツは、元々一つの国家だったからといってすんなりパズルのピースがはまるようにくっついたわけではなかった。ずっと厳しい監視の元で、冷戦の最前線として敵対しあってきたのだから当然だ。

ということを、他国から見て「奇跡的な仲良し」とされる東独・西独を体現する二人もそれをそのまま体調に反映し、ベルリン郊外の家に引っ越した直後から寝込んでいた。
東独ことプロイセンは、土地や人民をすべて弟に譲り渡し基盤を失ったことによる不安定さによって。
西独ことドイツは、経済水準の低い東独を抱え込んだことによってがくっと下がった経済水準のせいで。
とはいえやはり亡国となった兄に比べれば弟の復帰は早く、1週間も経てば氷嚢を持ち歩いて頭に当てながら、今後の指針に関する会議に出席するまでになっていた。

「では兄さん、そろそろ俺は仕事に行く」
具合悪そうにしながらもきちっとスーツを着込んでドイツは兄に声をかけた。
ようやくベッドから離れられるようになったプロイセンは、それでも仕事に行けるほどまでは回復できずそれを見送ることとなった。
「悪ィな、ヴェスト。俺たちの『ドイツ連邦』なのに」
「気にするな。俺がすべて譲り受けたのだから俺だけでも出席するのが筋だ。兄さんはゆっくり休んでくれ」
「そういうわけにはいかねえよ。よっ……と、いででででで」
ベッドから起き上がり肩の筋肉を伸ばすようにストレッチすると、寝込んでいた反動で鈍い痛みが体に走った。同じことを一昨日にしたドイツは、痛みに呻く兄に少し笑いながらひとつ用事を言い渡す。
「多少動けるようになったなら、そうだな、家の中を少し片づけておいてくれ。あと余裕があれば犬たちの散歩も。全然外に出せていなかったから、きっと我慢していると思う」
「よっしゃ、まかせとけ!」
「くれぐれも無理はするなよ」
「おう」
そう言って行ってきますのハグをすると、プロイセンは小さくケセセと笑う。
「さすが俺様が育てたむきむき!こりゃあ回復早いはずだぜ!」
「兄さんは、む……随分と痩せたな……」
「うっせ!色々大変だったんだよ!見てろよ、すぐに元通りになって見せるからな」
「ああ、期待しておこう」



という会話をしたその日の夕方、ドイツが帰宅すると出迎える声はなく、不審に思ってリビングに向かえば、そこのソファに仰向けになってプロイセンが死んでいた。
「兄さん!!?」
驚いてそう叫ぶと、ふあ、と間抜けな声が返ってきて、一応は生きてるのだとわかる。青ざめた顔色だったが、死んだように眠っていただけらしい。
「こんなところでどうしたんだ。寝るならベッドに行かなければ休息にならないだろう」
「分かってるけどよ、ちょっと油断してたわ。あいつらの散歩付き合ってたら思ってた以上に体にキた。ちょっと一休みのつもりが爆睡しちまったぜ」
「だから無理はするなと言ったのに……」
「予想以上だったつったろ。あ、悪い、掃除はちょっとやったけど飯できてねえ」
「大丈夫だ。帰りに買ってきた。よく考えたら冷蔵庫も食糧庫も空っぽだったからな」
「ん、ダンケ」
スーツを脱ぎながら買ってきたものをテーブルに置き夕飯の用意をするドイツの背中を見ながら、プロイセンはぐっと眉根を寄せて自分のシャツを寛げてその中を覗き込んだ。
「こりゃあダメダメだな」
と小さくつぶやいたのには、ドイツは当然気付かなかった。



その日から連日、ドイツが家に帰るたびに死んだように眠るプロイセンをリビングで発見するはめになった。
あるときなどリビングどころか玄関の奥で行き倒れているようにうつぶせていたから、ドイツは本当に肝を冷やしたし、なぜそこまで無理をするのかと悲しみを通り越して怒りすら湧いてきていた。
だから、ベッドの上で目を覚ましたプロイセンが不思議そうな顔で「あれ?俺なんでこんなとこで寝てるんだ?」などととぼけたことを言うものだから、いたわるより先に怒鳴ってしまったのは無理もないことだった。
「なぜ!あなたは!いつもいつも倒れているんだ!慌てる俺をみて内心笑ってでもいるのか!死んだように眠るあなたを見つけた俺の心境を考えたことはあるのか!!!」
枕元で大声をだされたものだから、プロイセンはびくんと体を震わせて耳を抑えた。
「う、おおお……キーンってきた今、キーンって……。ごめん、悪かったって。ほら泣くな泣くな」
「泣いてない!!」
そういう弟のアイスブルーの瞳は水気でうるんでいて、そこから涙が零れ落ちないのが不思議なくらいだ。昔から我慢強くてどんな厳しい訓練にも弱音を吐くことなどほとんどなかったこの末弟の、ふいうちの涙にプロイセンはめっぽう弱かった。
「そこまで心配させてるなんて思わなかったんだって。ほんとごめん。決してヴェストをからかって遊んでたわけじゃねえよ、信じてくれ」
「ほんとうだな?」
「神と親父に誓ってもいいぜ」
「……分かった。じゃあ毎日毎日家で行き倒れてた理由は話してくれるだろうな?」
「え、それは……」
途端にプロイセンは言いよどむが、愛する弟が涙を紛らわすようにぐしぐしと目元をこすったものだから、もう白状するしかなくなった。
「こないださ、痩せたって言ったろ、お前」
「俺が?――ああ、そういえば言った覚えがあるな」
「お前も同じくらいしんどいはずなのに俺だけガリガリで寝込んでたら、その、カッコ悪いだろ」
「はッ!?」
「おいこらヴェスト、『そんなくだらない理由で?』みたいな顔すんじゃねえよ!俺様の沽券に関わる問題なんだからな!」
ポコーっと憤慨する兄に、ドイツは一つ、はあぁとため息をついた。
「それで?俺が仕事に言っている間に体を鍛えていたと?」
「おう」
「もしかして、あなたの得意なプロイセン式訓練で?」
「そりゃあな!」
「鍛えるために限界を超えて運動して、体調を悪化させていたら意味ないだろう……」
やれやれと頭を振ったドイツは、諭すように兄に告げる。
「兄さんが全盛期だったころはあの方法でよかったかもしれない。それを貫き通すあなたの根性も認める。だが、今はスポーツ医学というものが発達しているんだ」
その点に関してはいまだ思考回路が中世のままだったプロイセンは、ドイツの口からつらつらと出てくる近代的な言葉にしばし面食らった。
「綿密に計画されたプログラムと食事、適切な休養をとることで効率よく鍛えられる方法も分かってきている。兄さんが身体を以前のように戻したいというなら、俺が全力でサポートするから、だから、もうこんな無茶はしないでくれ。俺の軽率な言葉があなたを駆り立てたのなら、謝るから……」
「ちょ、謝ることなんてねえって!わかった!わかったから顔上げろ。言うとおりにする!」
俯いた弟をぎゅうと抱きしめてからそっと離れれば、困ったような安心したような、それでいて泣きそうな顔で弟が力なく笑うものだから、プロイセンの胸に罪悪感が盛大に押し寄せてじくじくと痛んだ。




「ってわけで!俺様のこの筋肉はヴェストの愛の結晶なんだよ!さあ見ろ!讃えろ!崇め奉れ!!」
「アーハイハイ、スゴイデスネー」
もはやへたな現役国家よりも元気いっぱいでがっちりした体格を取り戻したプロイセンは、それを見せびらすように盛大にシャツ脱いだ。ここがフランスの家でなければ公序良俗がどうこうで職務質問待ったなしだ。フランス自身がその常習犯ではあるが。
宅飲みの何気ない会話の中でうっかりフランスが「ちょっと前は心配になるくらいガリガリだったのにだいぶ身体戻ったねえ」なんて話を振ってしまったものだから、再統一から今に至るまでの経歴を演説(という名のノロケ)をかまされてしまったのだった。
単純なノロケだったら幸せそうでいいね、なんて見守れる愛の国でも、随所随所に挟まれる「俺様カッコイイ」「弟最高」が鼻についてウンザリする。愛の国でもないスペインは早々にフライドポテトでジェンガを始めてしまった。
まだまだ続きそうなノロケを「へーそうなん」botと化したスペインに任せ、フランスはスマートフォンを手にしてそっとその場から離れた。

「アロー。――うん、俺。そろそろお前の兄ちゃん迎えに来てくんない?このままだと俺達、『俺様の弟がどんだけかわいくてかっこよくて健気でかわいくてむきむきであったかくてかわいくてエロくてかわいいか』っての聞かされ続けると思うんだよねえ。――うん、じゃ、よろしく」






お題箱より、「再統一後、ひどく痩せ衰えた(心がわりと元気だが)体の筋肉を取り戻す為プロイセン式リハビリを頑張っている普×それを全力で支える健気な独」というお題をいただいて書いたものでした。
分断とか再統一とか、感動とかシリアスの良いモチーフなのにこんなアホそうなお話になったんだろうね……?ふしぎ。
でもお題見て即プロットができたくらい楽しく書かせていただきました。リクありがとうございました!